第12話 走り出したら止まれない

 「……ッ!!」

 腕から管を引き抜き、近くにあったスーツを雑に着込み、部屋から出た。廊下は非常灯を残して消灯し、ナースセンターと思しき場所だけがうっすら明かりを灯している。

 近くのトイレに入って、タニシにSNSを介して電話をかけた。

 急なリアルからの接触、普通ならご法度だ。

「頼む、つながってくれ!」

 笹塚の意に応えるかのように、通話が繋がった。

『あー……どうもタニシです、急にどう』

「タニシさんてどこ住みでしたっけ!?」

 電話越しでも警戒されたことが分かった。

 笹塚は一度深呼吸して、話をまとめる。

「急にすみません、実は今日、過労で倒れちゃいまして、今病院なんです」

『えっ、それじゃあ入院中ってことすか⁉ 大変じゃないすか! 大丈夫っすか⁉』

「幸い今は意識はっきりしてるんで、問題なさそうです、ただ、折り入ってお願いがありまして……VR使わせてもらえませんか?」

 タニシの戸惑いが伝わってきた。

 ――でも、ここであきらめるわけにはいかないのだ。

「紅火花に、会いたいんです、一生のお願いです、どうか私に力を貸してください」

 電話越しだとわかっていながら、腰を折った。

 恥ずかしさなんてない。罪悪感もいまはもうない。ただ自分がそうしたいのだと受け入れた瞬間、笹塚亮はやるだけやってみようと自然に思えるようになっていた。

 しばらくして、タニシの笑い声が聞こえてくる。

『まさか、自分が、こんなドラマみたいなこと頼まれるとは思わなかったすよ、いいすよ、suzuさん今どこですか?』

「ええっと、ちょっと待ってください」

 マップを開いて自分の居場所を特定する、想像通り、搬送先は職場近くの病院だった。

 場所をタニシに伝えると、タニシは苦笑を零した。

『うちから十分くらいですね、VRの中の方が遠いくらいっすね』

「すみません」

『いいですよ、場所、漏らしちゃったのは俺の方っすから』

 じゃあ、待ってますと言って通話が切れた。

 以前タニシと仕事の話をしたことがあった。その時、タニシはうっかり自宅の近くであることをしゃべってしまった。あとから、ごまかすように話を変えていたので、個人を特定されたくないのだろうと、笹塚は今の今まで触れずにいたのだ。

 これが決定的な亀裂になるかもしれない。

「すみません、それでも今は必要なんです」

 笹塚は走りだした。

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