第11話 諦め、決意
目を覚ますと薄暗い天井があった。
横を向けば点滴のパックがぶら下がり、垂れさがる管が自分の腕に延びている。
枕元の時計が指し示す時間は23時。
VRクロス終了まで残り1時間。
笹塚は腕で顔を覆った。
――間に合わなかった。
自分に起きたことはわかっていた。寝不足で倒れたのだ。もうこの体は、昔のようにはいかないらしい。
「ふっ、はは……ふっ」
仮想の体を作って、現実の肉体は壊す。馬鹿馬鹿しすぎて自然と笑いが込み上げた。それも全て水泡に帰したが。
きっと笹塚は当分入院するだろう。会社には、家族にはどう報告しよう。ご時世的に、うちの会社はバッシングを受けないか。まさか新聞に載ったりするのだろうか。この忙しいときに、東雲課長に、片倉先輩に、悪いことをしてしまった。
冷静になった頭が勝手に未来を想像し、目覚めて早々気分が落ち込んだ。
何も考えたくなくて、もう一度目をつぶろうとした笹塚の耳元で、振動音が聞こえた。発信源のスマホを手に取れば、タニシと丸々から「来ないのか?」とメッセージが送られてきている。
そういえば、サービスの終わりを、VR内で見届けようと待ち合わせしていたのを思い出す。
――まさか、ふたりとも、俺が入院してるとは思わないだろうな。
ゲームの中で知り合った二人だが、今ではこうしてSNSを通して交流を持てるほどになった。リアルでは一度も会ったことはないが、サービスが終了してもたぶん交流は続く気がしている。
反応をしないまま、笹塚はSNSの流れを見守った。
タニシ『紅火花を見たぞ!』
心臓が、バクンと鼓動を打つ。
笹塚は恐る恐るコメントを返した。
suzu『ごめんなさい、諸事情があって今、家にいないんです』
『紅火花は、もうどっか行っちゃいましたよね?』
丸々『それが、今は追えるようになってるんです』
指が震える。
消えたはずの灯がわずかに熱を取り戻す。
丸々『運営が最後だからって、いろんな未実装だった機能をオープンにしたんです』
『その中に、過去にあったユーザーの履歴機能が入ってて』
『もしかしたらって思ったら紅火花さんも入ってたんです』
タニシ『しかもこれ、通常のプライバシー設定と同期取れてなくて』
『相手の現在地が分かるんすよ』
運営のミスだ。人と人が交流するサービスでは、今やブロックや、マスク機能は必須。未実装だったというから、きっとそこまで作りこめていなかったのだ。
「奇跡だ」
たとえ、アバターを作って無事アップロードできたとしても、どうやって紅火花の居場所を特定するかが問題だった。
笹塚はそれをもともと人海戦術に頼ろうとしていた。フレンドやSNSを頼りに居場所を特定し、会いに行こうと、そのためには今日一日時間をかけても、足りないかもしれない、会えなかったら、あきらめようと、そう考えていた。
しかし、今は――――手が届くところに、紅火花がいる。
自分の体につながる管を見た。
それこそ、この体をとどめる鎖のようだ。
これから自分は馬鹿なことをする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます