第10話 いつかどこかで焦がれた景色
笹塚がVRに触れたのは、ほんの四カ月前のことだった。
きっかけは今思えばくだらない、世にありふれた出来事。
社会人一年目の笹塚は、慣れない仕事に気疲れしていた。それでもしっかり仕事をこなしていたが、営業の情報共有不足で、こなした仕事がパアになる。自分の責任ではないと思いつつも、確認不足を指摘され、こっぴどく上司に怒られた。
その帰り、笹塚は酒に溺れた。
大して酒は強くなかったが、飲まずにはやっていられなかったのだ。飲んでは吐いて、吐いては飲んで、バカみたいに酔っ払い、何度も「こんな会社辞めてやる!」と叫び散らかした。
いい加減お金も底をつき、帰宅の途に就いた笹塚は、白い息を立ち上らせながら不安に苛まれていた。
将来、お金、年齢、結婚、人間関係、笹塚の体を寒さ以上に震わせた。
電気店のでかでかとした電子広告が目に入った。そこにはVRのヘッドセットを被って、宇宙や荒野、中世のヨーロッパを渡り歩く、VR体験者の姿があった。
酔って大して回らない頭に電撃が走り、笹塚は財布の紐を緩めた。
翌々日、VRヘッドセットとハイエンドPC、計30万の巨大な買い物が家に届き、m領収書と配達品を交互に眺め、その封を開けた。
セットアップを終え、流行りのゲームを落とした。仮想の世界でアバターに入って交流のできる、近未来のゲーム、VRクロス。思えば、VR機器を購入したときから、笹塚には昔からの渇望が沸き上がっていた。
ヘッドセットを被り、数分後、今では見慣れた宇宙の果てを通り抜けると、そこは荒野だった。肉体の動きに連動し、仮想の体が同じように動く。そのときの感動、その時の喜びを、笹塚は今でも鮮明に思い出せる。
そしてなにより、直後に現れた赤い少女のことは、一生忘れることができないだろう。
荒野の先に突如として現れたその少女の名は、紅火花といった。
彼女はまっすぐにこちらへ向かって歩いてきた。一言も発さず、遠くを見る赤い瞳をこちらに向けて、一歩一歩淀みなく進む姿に、見惚れた。
紅火花は笹塚の横を通り過ぎ、荒野へとまた消えていった。
笹塚はその時抱いた渇望をずっと忘れられずにいる。
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