第9話 暗転
朝日が窓から差し込み、街の喧騒が聞こえ始める頃、笹塚はアバターを完成させた。アバターは笹塚の意のままに動く。体を回せば髪が揺れ、スティックを握れば手が開閉する。
今この瞬間、笹塚の分身が現実に産み落とされたのだ。
肉体はすでに限界だったが、心は幸福感に満ちていた。
笹塚はスーツに身を包み、会社へと向かう。
サービス終了まであと、17時間。
何が何でも、紅火花を見つけ出す。
伝えないといけないことがあるんだ。
思いのほか体は動いた。アバターを完成し終えた感動が、今だ残っているからだろう。
「おまえ、本当に大丈夫か、すげぇクマだぞ」
「大丈夫です、大丈夫なんです」
「……あー、うん、無理はすんなよ」
片倉は笹塚の机にそっとチョコを置いていく。笹塚は包装紙を解いて間髪入れずに口に放り込み、キーボードを打鍵し続けた。
時間はあっという間に過ぎた。気が付けば昼食の時間だった。仕事は順調、少なくとも自分の分の仕事は定時までには終わりそうだ。
不思議と腹は減っていない。しかし、朝食も食べていないので、さすがに抜くわけにはいかないだろう。
笹塚は水を吸った布団のような重々しい体を引き起こし、一歩を踏み込んだ――その時だ、視界の端がごっそり消えて、中央だけしか見えなくなる。思考も何もかも端から押し寄せる暗闇に飲みこまれ、体が落ちていくのが分かった。
いつの間にかに音は消え、少しだけ回復した視界に薄らぼんやりと人の像が結ばれる。誰かが自分に声をかけている。長い黒髪の、誰か。
「――火花」
笹塚の意識はそこで途切れた。
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