第8話 また会うために

 三日目、また日をまたいで帰宅した笹塚は、VRヘッドセットを被り、腕を震わしていた。

「なんだよこれぇ……!」

 アバターの腕は現実の笹塚の腕を無視して、水平に伸ばされたままだった。

 テクスチャは完成した。だからあとは、各面と対応するマテリアルにテクスチャを選択して、実際に動かすだけ。それで完成。

 そのはずが、なぜかアバターは微動せず、魂のない置物と化している。

 アバターのモーションはすでに調整済み。それはテクスチャを作成する前に確認したことだ。

 笹塚は、VRヘッドセットを脱ぎ去り、アバターをワールドにアップロードするためのゲーム開発エンジンを子細に確認。何度も見返すが、調整に間違いはない。

 だとしたら、残る問題は――。

 笹塚はまさかと思う気持ちで、アバターを作成したモデリングソフトを起動する。最終版となったプロジェクトを開き、アバターと人間の動作が連動するかを確認するためのモードで、アバターの関節をクルリと回してみた。

 瞬間、動きを連動させるためのボーン部分だけが、少女の腕を突き破り、ぴたりと動きを止めた。

 笹塚はマウスから手を放し、力なくベッドに身を投げうつ。

 今にも涙が出そうだった。

 原因はこれで確定した。全ては笹塚の凡ミス。どれだけ悔やんでも悔やみきれない。

 アバターは無数の面で出来ている。ボーンの動きと面の動きが連動することで、あたかも本当に人間が動いているように、アバターは動くのだ。

 人間の体と同じ、肘を伸ばせば外側の肌は縮み、曲げれば伸びる。この動きを再現するために、アバターの面に、ウェイトというものを設定する必要がある。

 自動で設定は可能だが、肌は簡単に設定できても、服はそうはいかない。細かくウェイトを調整する必要がある。何千、何万とある面をだ。

 笹塚はこのウェイトの設定をどこかでリセットしてしまったに違いない。

 タニシが、設定はメッシュの操作でリセットされることがあると言っていたのを今更になって思い出し、笹塚は奥歯をかみしめた。心当たりはある。もっと滑らかな肌にしたいと思い、メッシュ数を増やした。きっとあの時、リセットされてしまったのだろう。

 しかし、一番の問題は、バックアップを取ったのが相当前だということ。

 最終版の一つ前のバージョンを確認すると、案の定、アバターは見るも無残な状態である。

 もう、あと一日しかない。心身ともに満身創痍。モチベーションはおのれのミスで尽きてしまった。

 別に、新たにアバターを作る必要なんてない、既に自分には、マスコットみたいではあるが、自作のアバターがあるのだから。

 それで、紅火花に会いに行けばいいのだ。

 ――そう、思った瞬間、笹塚はマウスを握りなおしていた。

 我ながらばかばかしいと思いながら、ゆっくりとだが笹塚は作業を再開する。うまく回らない頭を無理やり回して、過去の記憶を探りながら、少しずつアバターを完成に近づけていく。その動きは遅い、しかし、着実に前へと進む。

 それはただの意地だった。

 なぜ、アバターを作り始めたのか。

 その理由を、笹塚は未だ、誰にも言えずにいる。

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