第6話 あとには灰しか残らない
「えっ!?」
職場の人間が一斉に笹塚に注目する。笹塚はそそくさとスマホを腕の下に隠し、そのままトイレに行くふりをして、部署から退出した。
トイレの個室に駆け込み、スマホに届いたsnsの通知を何度も読み返す。
『人気のVRサービス終了』
たった十数文字のそのニュースタイトルを何度も読み返す。内容へと目を移してみればそこにはこう綴られていた。
『急成長中だったVRクロスは、著作権侵害に触れるアバターの取り締まりの対応を怠っているとして、各企業から注意勧告を受けていた。サービス内での自主規制が行われたが、注意喚起に留まり、根本的な解決に至らなかったことから、VRクロスの運営会社はサービス停止を決定した』
頭が真っ白になる。
確かに無断利用や著作権に関しては以前から問題視されていた。ワールドに入れば、三人に一人は無許可と思しきアバターを利用している。笹塚や、丸々、タニシのように自前のアバターを利用しているユーザーは少数派。ほとんどのユーザーは運営が用意したパブリックアバターか、ネット上で使用許可の下りているアバターを利用している。
違法は、違法だ。許されないことだと、笹塚もそう思う。
笹塚はやるせない怒りといたたまれさで、鼻の付け根をきつくつまんだ。
しかし、問題はユーザーにもVRプラットフォームにもない。VRという最新技術にモラルが追い付いていないだけなのだ。それは教育の問題であり、その教育の場となるプラットフォーム自体をいきなり潰しても、メリットはない。くさいものに蓋をしたところで、くさいまま。黎明期ではよくあること、今は我慢の時期、自浄作用に期待するしか……ぐるぐると現実を否定する思考が回るまま、笹塚は個室を出て、洗面所で顔を洗った。
残り一週間で何をするか。笹塚がすることは決まった。
自分のアバターを作成し、赤火花に会う。
それだけは、譲れない。
部署に戻った笹塚に、片倉が近寄ってきた。手には片倉の好物の焼き菓子が握られている。
それを見て、笹塚は青ざめた。
「笹塚、ほいこれ」
「……うそでしょ、片倉さん」
「嘘じゃない」
片倉のわきには書類の束、よく見れば、いつも気崩しているスーツもビシッと決まっている。
「当分まともに眠れんぞ、栄養はちゃんと取れよ」
片倉が笹塚の肩を叩き、颯爽と去っていく。
数分前よりあわただしくなった部署には重々しい空気が流れていた。
誰もが口々に似たワードを吐き出す。
『事故』『炎上』
笹塚は片倉からもらった焼き菓子に齧り付き、席に座った。
その日、笹塚は日をまたいで帰宅し、数時間後には起床して家を出た。
当然VRに触れる時間はなかった。
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