第4話 変わる日常

「笹塚、変わったな」

「そうですか?」

「不思議だ、自信の有無で女は見た目が変わるが、男ってのは顔つきが変わる」

 喫煙所でばったり出くわした上司が、紫煙を細く吐き出す。

 そんなきざなセリフを、一切の違和感なく言ってのけれる人間を、笹塚は一人しか知らない。東雲奈々子、入社十年目、若くして部長を務めるエリートウーマン。

 奈々子は箱からタバコを口で抜き取り、さらりと火をつけ、煙を天井へ送り出す。

「女でもできたか」

「……できてませんよ」

 内心、心あたりがなくもなかったが、赤火花はそういう対象ではない。相手はメッシュで組まれたデータの塊、世には中身が男女関係なく恋してしまうガチ恋勢というものもいるらしいが、自分は違う。

「じゃあ、男か、私は寛容だ、相談に乗るぞ?」

「違いますって、そういう、東雲さんはどうなんですか? 家庭とか考えないんですか」

「質問に質問で返すな、まあ考えはするがな」

 あらゆる年齢層からのアプローチを受けるもバッサバッサと切り捨てるその姿から、東雲は【カタナナ】などと陰で呼ばれている。その東雲の口から家庭の話が出るのはは意外だった。それ故反応に困った笹塚は、とりあえず一服とばかりにタバコに口をつけた。

「お前、態度があからさますぎるぞ」

 東雲が眉を逆八の字に切り、得意先でも黙らせる冷えた声を放つ。蛇ににらまれた蛙は動けないが、笹塚は人間、即座に謝罪することで食われずに済む。 

「すみません、意外だったもので」

「私だっていい年した女だ、しかしまあ、自分がエプロンをつけてただいま旦那様、と言って出迎える姿が想像できん」

「……旦那様って」

 時々漏れ出る愛嬌もまた、東雲が人に好かれる要因であった。

「なんにせよ、自信がつくのは良いことだ、タダで買える最強の武器はそれしかない、どんな理由であれ、ついたら手放すな、文字通り一文にもならん」

 そんな言葉を残し、東雲はひらひらと手を振って喫煙所を去っていく。黒の長髪が揺れるその背中は、赤火花に似ていて、彼女が口を利けたなら、こんな風なのではないかと想像してしまう。

 笹塚は深く煙を吸い込んだ。勢いあまってせき込み、タバコを取り落とす。

 東雲にはああいったが、これじゃあ、まるで……続く思考をもみ消すように、笹塚は拾ったタバコを灰皿に放り込み、喫煙所を出た。

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