07 変身

 巡一達が見つけたオークは、村で見たものとは違う姿をしていた。

 異様に伸びた牙。

 鋭い眼光。

 恐ろしいほどに浮き出た筋肉。

 その姿は、まるで怪物。

「ブオオオオォォォォォォォ!!!!」

「な、何よ、アレ……」

 あまりの気迫に、勇者達は怖じ気づく。

 人間でも、魔物でもないモノに慣れてないからだ。

「アレは『コンセプター』だ」

 そんな三人に、巡一は分かったことを話す。

「額のところ、見えるか?」

 勇者達が目を凝らす。

 怪物の額には、銀色に輝く六角形の物体がめり込んでいた。

「あそこに、『コンバット・ナット』がある」

「それって、君が失くした?」

「ああ」

「はぁ!? ってことは、アレあんたのせいってこと!?」

 だが、疑問点もある。

 巡一の所持するナットは、怪物を生み出すためのナットに比べて影響が少ない。

 そのため、触れただけではあんな風に暴れたりしないのだが……。

「あんたのせいなら、あんただけでなんとかしなさいよ!」

「……無理だな。ヤツをなんとかするには、ナットが必要だ」

「持ってないんだよね?」

「ああ、だからアイツから、コンバット・ナットを回収しなくちゃならない」

「回収って……」

 視線の先には、手当たり次第に豪腕を振るう巨体。とても近づけるように思えない。

「そこでだ、マキ」

「わ、私ですか?」

 巡一は、未だ縛り上げられているパレスを指差す。

「この触手で、アイツの動きを止めてくれ」

 この太さの触手なら、ナットを取り除く時間を作れるはず。

 言われた彼女は、触手とコンセプターを交互に見た。

「……出来なくはないですが、あれを止めるほどのモノとなると、少し祈りの時間が必要になります」

「どれくらいだ?」

「三分ほど頂ければ、なんとか」

「それなら、私とパレスちゃんで時間を稼ぐよ」

「え!?」

 クレアが手を挙げ、提案する。

「オークは鼻がいいから、誰かが気を引いておかないと、感づかれてしまうかも」

「嫌ですよ、私死んじゃいますよ!」

「後で膝枕してあげるから」

「よっしゃめっちゃ頑張ります!」

 綺麗な手のひら返しだった。

「私は前衛に出るから、パレスちゃんはサポートお願いね。マキは見つからないように祈りを捧げて。ジュンイチはナットを回収できる位置に行って、合図があったら回収。こんな感じでいい?」

 クレアが作戦を簡潔にまとめ、それに三人は頷く。

「よし、それじゃ頑張ろうか!」


       ***


 辺りを木々を倒し尽くし、次なる標的を探すコンセプター・オーク。

 その目が捉えたのは、魔法使いパレスと勇者クレアの二人組だった。

「それ以上の自然破壊は見過ごせないな~」

 クレアは鞘を抜かずに剣を構える。

「パレスちゃん」

 呼ばれた彼女は、持っていた杖を地面に突き立て、魔方陣を展開した。

「強化魔法『防御』、『速度』の付与が完了しました。……私も援護しますけど、あまり無理しないでくださいね」

「わかってる、ありがとうね」

 パレスが後方に下がったのを確認すると、クレアはコンセプター・オークに向かって駆け出す。

「ブォ!?」

 魔法で強化されたスピードに、コンセプター・オークは反応できない。

 あっという間に、懐に潜り込んだクレアは、コンセプター・オークの腹に剣を振りかぶった。

「ふっ!」

 しかし、

 ガキンッ!

「何!?」

 打ち付けた剣は、鋼鉄のような腹筋によって弾かれてしまった。

 クレアは攻撃を避けながら、一度距離をとる。

(なんて素晴らしい筋肉……じゃない、なんて固さだあの腹筋!)

 最初は腹に一撃入れて、気絶でもしてくれたらいいな、くらいの気持ちだったのだが、想像以上に固い。

 それに、完全にこちらを敵と認識したのか、コンセプター・オークは絶え間無く攻撃を仕掛けてくる。

「ブォォォ!!」

「くっ……!」

 隙が無いどころか、防御と回避で手一杯だ。

 どうにかして、ヤツの体勢を崩さなければ。

「勇者様!」

 ここで、後ろにいたパレスが呼び掛ける。

 気づいたクレアが体を大きく横にずらすと、そこを大量の水が流れ、コンセプター・オークに襲いかかった。

「『ウォータープリズン』!」

「ゴブォ!?」

 水は球体となり、コンセプター・オークを包み込む。

「ナイス、パレスちゃん!」

「もっと褒めてくださ―――え?」

 だが次の瞬間、コンセプター・オークがまるで泳ぐように水を蹴って飛び上がった。

「ウソでしょ!?」

 ヤツは着地すると、パレスのほうを見た。どうやら、ターゲットを変えたらしい。

「ブォォォォォォ!!」

「っ! まっずい!」

 クレアは即座に駆け出すが、コンセプター・オークのほうが早い。

 あっという間に、パレスの目の前に巨体が迫る。

「ひっ!」

 狙いを定め、拳を振り上げる。

「パレスちゃん!」

 間に合わない。

 そう感じながら、クレアは叫んだ。

 そして、

 ドゴォォォォォン!

 その叫びも虚しく、拳は勢いよく振り下ろされた。

「―――ぁぁ」

 クレアが膝から崩れ落ちる。

 仲間を失う覚悟はあった、あったつもりだ。

 だが、それがこんな途中で、こんなあっさりだとは思ってなかった。

(駄目だ、まだ終わってない。まだ―――)

 心を奮い起たせようとするが、思うようにいかない。

(クソッ、私は、勇者なのに)

 仲間一人も守れない。その事実が、クレアの心に重くのし掛かる。

 絶望が、徐々に溢れてくる。

 その時だった。


「危なかったな、ギリギリ間に合った」


「え?」

 砂ぼこりが晴れていき、声の出所が露わになる。

 そこには、パレスを抱えた逢崎巡一がいた。

「平気か、パレス?」

「……って、なにやってんのよ! あんたまで前に出なくても」

「いいんだよ、これで」

 巡一は真顔で言う。

「仲間を失うのは、俺の正義じゃない」

「……!」

 その言葉に、クレアは胸を打たれる。

(ジュンイチ、君は、なんて素晴らしい人なんだ)

「それに、言っただろ。って」

 気付けば、コンセプター・オークの周りには四つの魔方陣。そこから極太の触手が伸びて、両手足を拘束した。

「ブォ!?」

 コンセプター・オークが抵抗しても、びくともしない。

「ジュンイチさん、今です!」

 隠れていたマキが叫ぶと同時、巡一がコンセプター・オークに向かって駆け出す。

 その勢いのまま額の位置まで跳び、ナットを鷲掴みした。

「ブォォォァァァァ!!!!」

 バチバチと音を立てながら剥がしていく。

 そしてついに、

「うおおおりゃぁぁあ!!」

 ブチンッ!

「取れた!」

 コンバット・ナットを片手に、巡一は距離をとる。

 すると、コンセプター・オークが触手を引きちぎり始めた。

「ちょ、ちょっと、全然元に戻らないじゃない!」

「当たり前だ、あとは浄化をしなくては」

「はぁ?」

「お前ら、ちょっと離れてろ。ここからは俺にしかできない」

 そう言うと、巡一は左手の装備を構える。

『エクシード・ブレス!』

「えっ、何今の!?」

 コンバット・ナットを、ブレスの窪みにセットする。

『セット! コンバット!』

 すると、今度は軽快な音楽。

『♪~♪~』

「何なのよ、この音!?」

 巡一は、真剣な表情でポーズを決めると、ブレスのレバーを操作した。

「変、身!」

『エクシィィィド! コンバット!』

 音楽が変わり、空から巨大なナットが複数降ってきて、巡一の姿を隠す。

 ナットが回転し、向きが揃うと弾けて消えた。

 中から巡一が姿を見せるが、それはクレア達の知るものではなかった。

 全身を銀の装甲で覆い、青色の目で敵を見据えている。

 太陽の光で輝くその姿は、この世界にとってあまりに異様。

 それを見る者達は、皆唖然としていた。

「ジュンイチ、君は、いったい……」

 クレアが、疑問を絞り出す。

 その声が届いたのか、巡一はチラリと彼女のほうを一瞥した。

「俺はエクシード、正義の戦士だ」

 恥ずかしげもなくそう答えると、視線を戻し、拳を構える。

「さぁ、締まっていこう」

 ここからが、逢崎巡一の本領発揮だ。

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