06 正体

 翌日、勇者一行と逢崎巡一はリマジハ村近くの森にあるくだんの現場に向かう。

 ただ、昨日のことで納得のいく回答を得られなかったからか、巡一は前方を行く三人から冷たい態度をとられていた。

「………」「………」「………」

(気まずい……)

 こうなってしまうのも無理はない。何せ、どんな質問をしても、巡一は「何も話せない」の一点張りだったのだ。

「クレア、現場にはそろそろ着きそうか?」

「どーかなー」

「ぱ、パレス、地図で確認できるか?」

「どーかしらー」

「……マキ、どうなんだ?」

「ど、どーでしょー」

 それ故に、彼女達には朝からこんな態度をとられている。

 このままでは、魔王討伐の旅に同行することは難しいだろう。というか、居心地が悪い。

 正直に言えば、もう話してもいい気はするのだが。

「……ジュンイチさん、ジュンイチさん」

 そんな時、すでに許してくれてそうなマキが、小さな声で話しかけてきた。

「その、どんな理由があるか知りませんけど、どうしても話せないことなんですか?」

「いや、そういうわけでは……」

「だったら、話して下さいませんか? 私達も、正体のわからない人と旅はしたくないですし」

 彼女の言うことも一理ある。

 巡一としても、信頼をここで失うのは得策じゃない。

 周りをキョロキョロと見渡し、自分達以外がいないことを確認する。

「まぁ、ここなら話しても大丈夫そうだな」

「お、やっと話す気になったのかい?」

 嬉しそうに振り返るクレア。

 それに対し、

「チッ、黙ってればいいものを」

 露骨に嫌そうなパレス。

 とことん仲間になって欲しくないようだ。

「それで、君はいったい何者なのかな?」

「ああ……」

 みんなの視線を感じながら、ゆっくりと正体を話す。


「俺は、人間じゃなくて、


「……人造、人間?」

 巡一の世界において、概念はナットとして具現化し、多大な影響を与える道具となっていた。

 だが、何事にも最初があるように、初めの具現化はナットの形をしていなかった。

「俺と敵の首領、ヴァイスは、概念の具現化実験の最初の成功例なんだ」

 最初は人型。実験を行っていた団体は、当初は正義だけを具現化しようとした。

 だが、その副産物として、悪の概念まで具現化してしまった。

 正義の巡一と、悪のヴァイス。対極の概念から生まれた二人が対立するのは必然である。

 ヴァイスは生み出された後、たちまちに組織を掌握。悪としての本能のままに、世界の支配を目論んだ。

 組織の内部に残った技術者達は、ヴァイスの対抗手段を手に入れるべく、概念に自我を持たせることをやめ、無機物として具現化しようとした。

 その結果が『ナット』である。

「俺達は最初の具現化だからか、かなり強力に造られていてな、この再生速度もその一つだ」

 巡一とヴァイスの強さは互角。故に、巡一には強化の手段として、ナットとエクシードブレスが渡されている。

 正義の概念に他の概念を付与することで、巡一の戦闘能力を大幅に向上させるのだ。

「……なるほどね」

 パレスとマキが言葉を失っているなか、クレアが口を開く。

「何となくだけど、合点がいったよ。君があの時、自分の腕を犠牲に突撃できたのは、その再生能力があったのと、正義としての本能、みたいな感じかな?」

「いやいやいやいや! いくらなんでも察しが良すぎますよ勇者様!」

 すかさずパレスが突っ込みをいれる。

「概念? 具現化? はあああ!? ワケわかんな過ぎてワケわかんないんだけど! しかも自分が正義とか、思春期でももう少しひねるわよ!」

「ちょ、パレスちゃん」

「ダメですよ勇者様、こんな男の言うこと信じちゃ!どうせ隙を見て私達の貞操を狙ってるんですよ、あ~キモ!」

 酷い言われようだ。

 でも、パレスの反応は過剰だとしても、そう感じるのが普通なのだろう。

 そう考えていると、

「神よ、力をお貸し下さい」

 パレスの頭上から、蛸の触手のようなモノが巻き付く。

「……へ?」

 そしてそのまま、空中に吊り上げられた。

「イヤァァァァ! ぬるぬるして気持ち悪~い!!」

 何事かと思えば、側にいたマキが祈るように手を組んでいる。その様子はいかにも聖職者のようだが、その身に纏う禍々しいオーラと、彼女が呼び出したであろう触手を見ると、マキが邪教徒であるのを思い出させる。

「パレスさん、一旦落ち着きましょうね?」

 笑顔だけど笑ってない。

 巡一は何となくそう感じた。

「ジュンイチさんのことは、一度置いておきましょ」

「いやでも!」

「それにほら、着きましたよ」

 草木をかき分け、抜けた先に辿り着いたのは、不自然にも開けた場所。

 薙ぎ倒された木々や、踏み潰された植物が、巡一達に緊張感を持たせる。

「……驚いた、本当に拳の跡があるよ」

 クレアが、倒木に付いた凹みを指でなぞる。

 その大きさは、彼女の頭より少し大きいものの、誰かが殴り付けたような形をしている。

 それだけではない。

「これは……」

 倒木の中には、大きな蹄の跡が残っている。

「これ、オークの足跡よね?」

 触手に巻き付かれたままのパレスが、器用に覗きこむ。

「確かに、彼らの足はこんな形だね」

「てことは、あいつらの自作自演ってことですか?」

「いや、さすがに疑い過ぎじゃないかな。嘘を吐いてる様子もなかったし」

「……」

 辺りを見渡し、思考を巡らせる。

 森の奥の光。

 居なくなったオーク。

 何かが暴れたような跡。

 そして、

「……嫌な予感がする」

 その時だった。

 ブオオオォォォォォ!!!!

 獣のような雄叫びが、森中に響き渡る。

「今の……」

「あっちだ!」

「みなさん、行きましょう!」

「えっ、ちょ、待って! 触手ほどいてよ!」

 巡一達はその場を駆け出し、声のしたほうへ向かった。

 しばらく走り、その場所にたどり着く。そこで、探していたオークの父親は発見された。

「フゥーッ、フゥーッ」

 ただし、姿

「……クソ、マジかよ」

明らかに理性を失ったオーク。

その額には、六角形に穴の空いた物体。

そう、ナットがくっついていた。

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