05 最初の村

 出発してから約二日間、特にこれといった進展はなかった。ひたすら、最寄りの村に向かって歩き、時々現れる魔物を退治して歩いただけである。退治する魔物には共通点があり、それは「」というものだった。

「奴らは魔王軍の手によって生み出された複合生物、通称『キメラ』。複数の生物を強引に合成するせいか、それぞれの頭部が残っちゃっうらしいんだよね」

 魔王軍は彼らを量産し、勢力を拡大しているという。それ以外の動物は、よほどの理由がない限り討伐しないのだとか。道理で、気持ち悪い奴らばかりが襲ってくるわけだ。

「それにしても、ジュンイチも向こうの世界じゃ大変だったんだね」

「だったというか、今も大変なんだけどな」

 彼女達には巡一の世界についてざっくりと説明した。魔法の存在しない世界は新鮮だったようで、歩いている間に会話が止まることはなかった。

「魔法が無いなら、あんた炒め物とかどうしてたのよ」

「いや、普通に火使ってたけど」

「魔法なしでつかえんの!?」

 特に食いついたのはパレスだった。魔法使いである彼女が興味がわくのは当然である。

「電気とガスを使えばなんとか」

「電気とガスは魔法よね?」

「魔法じゃない」

「うそでしょ……」

 かなりショックを受けたようで、そこからしばらくは質問攻めにされる。特に話すことの無かった巡一は、正直助かった。

 しばらくして森林から出ると、目の前に小さな村が現れる。RPGで言うところの、始まりの村、のような雰囲気だ。

「ここが中継地点か?」

「そうだよー。リマジハ村って言うんだけど」

 逆にしただけである。

「おや、あんた達は……?」

 村の入り口で話していると、中から出てきたのは人ではなく二足歩行の巨体の豚、つまりオークだった。

「………………」

 突然の出来事に言葉を失う巡一。まさか初めての人里で、人外と出会うとは思わなかったのだ。

「その剣持ってるってことは、もしかして勇者様かい?」

「ああ、そうだよ。実は事情があって、立ち寄らせてもらったんだ」

 クレアが普通に話しているのを見ると、どうやら当然のことらしい。よく見ると、村の中には他のオーク達が当たり前のように生活している。巡一の目には、どれも新鮮な光景だった。

「そうでしたか、怪我人が……。それなら、今すぐ寝床を用意します。村長には自分から伝えておきますので」

「いや、まずは村長に挨拶したいから、案内してほしいな。それから、彼は先に休ませてやってくれ」

「わかりました、でしたらこちらへ」

 礼儀正しいオークに連れられて、勇者一行はリハジマ村に入って行く。彼らに気づいた村人達は、皆笑顔で迎え入れてくれた。

「では、怪我人の方はこちらに」

 案内されたのは普通の家。しかしオークのサイズであるため、あまりの大きさに巡一は圧倒されそうになる。

「どうかされましたか?」

「いや、別に……」

 チラッとクレア達の方を見ても、彼女達は平然としている。やはり、これが普通らしい。

「じゃあジュンイチ、後でね」

「ああ」

 予定通りに彼女達は、村長の家へ向かう。巡一は、その背中を見送りながら、大きな玄関をくぐった。


       ***


「それでは、しばらくお世話になります」

 村長へのあいさつもほどほどに、クレア達は巡一の元に向かう。すると、村に着いてから静かだったパレスが口を開いた。

「勇者様、やっぱりアイツ、この村に置いていった方が良くないですか?」

「パレスちゃん、まだ納得してなかったの?」

 クレアは呆れたように言う。

「もうそれは決めたことでしょ」

「でも、やっぱり信じられません、 異世界から来たなんて!」

「ま、まぁまぁ」

「それに本当だとしても、アイツ落ち着き過ぎでは? もっと混乱しますよ、普通」

「うーん……」

 そう言われれば、そう思わなくもない。彼の世界のことを考えると、常に冷静でいられるのは不思議ではないが、それにしても落ち着き過ぎている。勝負した時もそうだったが、少し人間味が薄いように思える。

「……それに、邪教の本も貰ってましたよね。あんなやつがマキみたいになったら、勇者一行が怪しい宗教集団になっちゃいますよ」

「それはまずいなぁ」

 小声で話しながら、ちらりとマキのほうを見る。

「?」

 よかった、聞こえてなかった。

「まあでも、僕の気持ちは変わらないよ。彼を放っておくことはできない」

「でも……」

「それに、最後まで連れて行くわけじゃない。彼のことが解決できるまでの辛抱だよ」

「……ぶー」

 まだ不満は残るものの、パレスは納得したらしい。全部終わったら、おいしいものでも奢ってあげよう。

 そんな時だった。

「あ、あの!」

 一人のオークの少年がクレア達を呼び止める。

 その様子はまさに、助けを求めているようだった。

「た、頼みたいことがあるんだ……」


       ***


「父親を探してほしい?」

 クレア達が戻った後、巡一は借りたベッドで話を聞いていた。

「二日前に森の奥が光ったから、その様子を見に行ったんだって。それ以来、帰ってきてないらしいよ」

「一人で行ったのか?」

「うん、そうみたい。この村で一番の腕っぷしらしいから、油断したみたいだね」

「昨日、何人かで探したけど、見つかったのは魔物らしきモノが暴れた跡だけだったそうです」

「らしきモノ? 魔物じゃないのか?」

「これが、断定できない理由よ」

 パレスが数枚の紙を見せる。

「捜索した人たちに、どんな跡だったか描いてもらったの」

「これは、……拳か?」

「やっぱり、そう見えるよね」

 描かれていたのは、どれもグーで殴られたようなものだった。

 今までに見たことがある魔物は、爪や牙で攻撃していたことから、確かに魔物っぽさはない。

「拳で攻撃する魔物はいないのか?」

「少なくとも見たことはないね」

 クレアだけでなく、パレスとマキも首を横に振る。三人の表情から、これが未曾有の事態だということが分かった。

「私たちはこれから、現場を見に行きつつ、消えた父親の手掛かりを探しに行くよ。帰ってくるまでジュンイチは」

「俺も行こう」

「ここで残……はぁ?」

 巡一がベッドから降りると、マキが慌てて止めに入る。

「だ、駄目ですよ! あなたの傷は、二日程度では――え?」

 だが、彼が包帯を解く姿を見て、彼女は目を見開いた。

「じゅ、ジュンイチさん……傷が…………」

「? あぁ、

「「はぁ!?」」

 その言葉を聞いたパレスとクレアは、傷を確認するために顔を近づける。

「ほ、ホントに治ってる……しかもきれいに」

「うん、すごいいい体……じゃなくて、傷痕一つ残ってないよ。ジュンイチ、どういうことだい、これ?」

「どうって、人より治りが早いってだけだけど……」

 そう答えたものの、三人は釈然としない表情を浮かべる。どうにも納得できないようだ。

 とは言え、巡一としても説明できることはない。なので、巡一は強引に話を戻すことにした。

「ほら、そんなことより探しに行くぞ。早くしないと取り返しのつかないことに―――」

「いやぁ、張り切ってるところ悪いけど、今すぐには行かないよ」

「えぇ、もう暗くなりますし」

「そもそも、休むために立ち寄ったのよね、この村」

 失敗してしまった。

 ガシッと肩を掴まれ、クルッと反転させられると、目の前には妙に圧を感じる顔をした三人がいた。

「さあ」

「いろいろと」

「聞かせてくれるかい?」

「………………」

 どうやら逃げられないようだ。

 結局、巡一は諦めて、彼女達の質問に答えることにした。

 その質疑応答は、家主のオークが食事に誘いに来るまで続いたのだった。

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