04 聖女(邪)
保留。
クレア曰く、巡一の実力は申し分ないらしい。ただ、自分の体の扱いがあまりにも雑だとかで、魔王討伐の旅に連れて行くには危険すぎる、とのこと。知らないところで死なれては気分が悪いから、どちらかと言えば『保護』と言う形にするらしい。確かに、自分の腕に剣をぶっ刺すのはやり過ぎたかもしれない。
「というか、そもそも君、本気出せてなかったでしょ? だから保留。本気が出せるようになったら、仲間になってほしいな」
そんなことまで分かっていたとは、さすが勇者である。
と言うわけで、巡一は勇者一行に保護され、危険が無い限り旅について行くことになった。万が一、戦闘になった時はクレア達に任せて、巡一は自分の身を守ることを約束することになったが。
「当然です! あんな無茶する人を放っておけるわけありません!」
巡一はマキに包帯を巻かれながら、彼女の説教をずっと聞いていた。もうかれこれ一時間は経っている気がする。包帯も、巻きすぎて脇が微妙に閉じない。
(まぁ、おかげでマキさんのことがだんだんわかってきたけど)
根っからの聖女。見ず知らずの男に、こんなに説教できる理由がそれしか見つからない。しつこいくらいに邪神教を勧めてくるが、そのことに目を瞑れば、とても良い人なのだと思う。
元々いた世界でも、この状況に似たようなことがあったが、そのときのことを思い出した。
(……彼女は、今どうしているだろうか)
ふと、自分のいた世界のことを考える。共に戦った仲間や、寝床を用意してくれた人達の顔が脳裏に浮かんだ。
(今考えても仕方ないことは分かってる。……でも)
「もうっ! 聞いてるんですか!?」
「あ、すまん。聞いてなかった」
「邪神教の素晴らしさを聞いてなかったんですか!?」
聞いてなくてよかった。
「分かりました。では、最初から」
「いや嘘だ、ちゃんと聞いてた」
「なら、何が素晴らしいのか言ってみてください」
前言撤回、聞いときゃよかった。
助けを求めるために、横目でクレア達の方を見る。
「見てください勇者様、あんな所に小鳥が」
「あはは、ホントだ。かわいいね」
巻き込まれたくないのか、二人とも明後日の方向を見ていた。
「えっと、確か邪神様が信者を導いてくれる、とか?」
「……はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
やたらデカいため息を吐かれた。
「そんなことは他の神様もやってます。そういうのじゃなく、邪神様にしかできないことを訊いてるんです」
「そんなの、信者じゃないからな……」
「じゃあ、入信しましょう!」
そう言うとマキは、懐から一冊の本を取り出す。それは綺麗に装丁されていて、新品の文庫本のようだった。
「こちら、邪神様の教えが書かれている聖書になります」
「やばいヤツじゃねぇか」
「読めば、あまりの素晴らしさに、未知の世界が見えるようになるのです」
「それは幻覚では?」
「さぁ! これで貴方も邪教徒に!」
テレビの通販番組みたいだ。さっきまで文庫本みたいだった聖書が、今は禍禍しい何かに見える。
しかし、巡一に受け取らないつもりはなかった。別に、邪神教に興味があるわけではなく、この世界の言葉に慣れるためだ。今は会話ができているが、文字を相手にしたときに、読めない可能性がないとも限らない。それを知るためにも、この世界の書籍には目を通しておきたかった。
「邪教徒になるつもりはないけど、もらっとくよ」
「「もらうの!?」」
聖書を受け取ると、クレアとパレスが驚愕し、マキが涙を流して口元を押さえた。
「うぅっ、ようやく、ようやく信者が一人増えました……! 主よ、努力が報われるというのは、本当だったのですね!」
「いや、受け取っただけなんだが……」
もしかして、聖書が入信の証だったりするのだろうか。少し後悔してきた。
「やめときなよ、ジュンイチ。そんなに良い物じゃないよ、それ」
「そうよ! 万が一、あんたまで邪教徒になったら、勇者様に迷惑がかかるでしょ!」
クレアとパレスが止めに入る。
「だから、受け取るだけだって。……そんなにやばいのか? この本」
「…………いろんなせかいがあるんだなっておもった」
巡一が質問をすると、クレアが虚ろな目でそれに答え、パレスは思い出したくないと言わんばかりに帽子を押さえつけた。二人とも、小刻みに震えている。
「……やっぱりやめ」
「駄目でーす! もう返せませーん! それは一生貴方のものでーす!」
「ごっこ遊びする子供か?」
布教するのに必死すぎる。宗教って、みんなこんな感じなのだろうか?
「うふふ、信者になるのが楽しみですね、ジュンイチ様」
「だから、なるつもりはないって」
「大丈夫ですよ、こわいのは最初だけですから!」
「こわいのかよ」
本当に持ってて大丈夫だろうか、これ。
とにかく巡一は、もらった本を巾着袋――ナットを入れていた――に仕舞い、ゆっくりと立ち上がる。
「それじゃ、今夜の寝床を探そっか。今日は怪我人がいるから、出来るだけ休めるところにしよう」
「それなら、あちら側に向かって行きましょう。その方が、村に近付きますわ」
マキが地図を見ながら、遠くにある森の方角を指差した。
「村? そこに魔王がいるのか?」
「中継地点よ、ばーか。まっすぐ向かうわけないでしょ、あーほ」
「何でそんなに言われなくちゃならないんだ……」
誰かにここまで嫌われるのは初めてだ。普通にショックである。
「さすがに何の準備もしないまま、魔王を倒せるとは思えないからね。それに食料も無限じゃないから、時々寄り道しながらだね」
マキが、地図を広げて見せてくれた。そこには、ドーナツ状の大陸と、大陸の真ん中に島が描かれている。
「僕達はこの島を目指しているんだ。今はこのあたりにいるから、ここをこう通って、こっちの街に行かなくちゃならない」
クレアが大陸の下の方を指し、上まで反時計回りに大陸をなぞった。
「その街じゃないとダメなのか?」
「港がそこにしか無いんです。他は魔王の手下の襲撃が多くて、住民が避難している状態なんですよ」
困り顔でマキが言う。
「何故かその港だけは襲撃を受けていないみたいで、その訳を知るのも理由の一つなのです」
とにかく、いろいろと事情があるらしい。巡一としても、散らばったナットを回収したかったから、好都合である。
「そういう訳だから、わかった?」
「ああ、問題ない」
「それじゃ、荷物をまとめてしゅっぱーつ!」
クレアの掛け声とともに、仲間達は荷物を片付け始める。彼女達を手伝いながら、巡一は元の世界に想いを馳せるのだった。
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