03 勇者とヒーロー
「じゃあ、ここら辺にしようか」
クレアと巡一が、野原の真ん中で向かい合う。吹いてくる風は暖かく、春を思わせた。この世界には季節はあるのだろうか、とふと思った。
「勝敗は、相手に降参させるか、もしくは気絶させるかで決めるよ。それでいいね?」
「ああ、問題ない」
降参はともかく、気絶はやり過ぎなんじゃないかと思う。巡一はどう戦うかを考えながら、クレアから距離をとった。
「それじゃ、いくよー」
クレアが、剣を鞘に入れたまま構える。それを見て巡一も、変身するためにナットを準備しようとした。だが、
(……あ、あれ?)
いつもなら、腰に付けた巾着袋に入っているはずのナットが見つからない。ズボンや上着のポッケにも入っていない。体のあちこちを探すが、ナットのナの字も見当たらない。
(まさか、どっかで落としたのか?)
悪寒が走る。あれは、そこら辺に放っておいて良いものじゃない。
「よーい!」
「ちょっと待っ」
「どん!」
巡一の制止を聞かずに、クレアは一気に距離を詰める。あれだけ離れたと言うのに、彼女は一瞬で肉薄した。
「せいっ!」
剣を思い切り振り下ろす。
「……っ!」
それを、彼はギリギリで避けた。だが、クレアの攻撃は止まらない。そのままの勢いで、右、左、上、下と剣を繰り出す。巡一もその全ての攻撃を躱した。
「へぇ、なかなかやるじゃないか、ジュンイチ」
彼はいったん距離をとり、呼吸を整える。とりあえず今は、この勝負に集中するしかない。
(それに、この世界にあるとも限らないしな)
頭を切り替えて、戦闘の態勢に入る。
(まずは勝って、勇者達の仲間になる!)
***
(! 空気が変わった……?)
クレアは、巡一の隙が無くなったのを感じた。出会ったときも思ったが、やはりただ者ではないらしい。
彼女はもう一度、剣を振りながら間合いを詰める。
ガシッ!
「!!」
しかし巡一は、剣を避けた後、その鞘を片手で掴んだ。
「……ちょっとちょっとぉ。剣を素手で掴むとか、何考えてんだい?」
「鞘に入ってるからいけると思ったんだが、やっぱり駄目か?」
「――――へぇ」
安全性を考慮して付けていた鞘を、まさか利用するとは思わなかった。彼にとってこの戦いは、模擬戦ではなく真剣な戦闘。この事実が、クレアの闘争心をくすぐる。
「いいや、むしろおもしろいよ!」
鞘を括り付けていた紐を取り、クレアは剣を抜いた。
「えっ!?」
「クレア様!?」
彼女はそのまま下がると、改めて剣を構える。その刀身に刻まれた魔法陣が、金色に輝いた。
「待ってくださいクレア様! それはさすがにやり過ぎです!」
「そんなにやばいのか? あの剣」
「やばいに決まってるでしょ、このポッと出のポンポコ野郎!」
「ポンポコ野郎?」
「あれは『エクスカリバー』! 持つ者を勝利へ導く伝説の剣! これであんたもイチコロよ!」
説明しながらめっちゃ喜んでいる。そんな彼女に、クレアは内心呆れた。そんなに仲間になって欲しくないのだろうか。
「まぁ、そういうことだから。今度は掴ませないよ、ジュンイチ」
「……あれ? これだと俺、危なくない?」
今更気づいたかのように首を傾げる巡一。自業自得じゃないだろうか。
「死にたくなかったら、死ぬ気で避けてね。この剣、ホントに危ないから」
「いや大抵の剣は危ないと思うんだが……。と言うか、敗北の条件は気絶じゃなかったのか?」
「当たり所が良ければ死なないよ」
「悪かったら死ぬんじゃないか」
また、クレアの方から斬りかかる。巡一も攻撃を避けた。この場合、巡一が仕掛けなければ変化は訪れない。どちらかの体力が尽きるまで、この状態が続く。
(さすがにそんなイタチごっこは避けたいんだけどな……)
だが、クレアから仕掛けるつもりはなかった。あくまで、これは巡一を仲間に入れるかどうかの試練。彼が自分の強さを示さなければ意味が無い。
(さあ、どうする? アイザキジュンイチ!)
***
クレアの猛撃が止まらない。それどころか、勢いを増している気がする。
(目ぇキラキラさせてるよ……)
彼女は笑顔で、巡一を斬りつける。端から見れば、丸腰の一般人に嬉々として襲いかかるやばい女、というふうに見えることだろう。周りに人がいなくて良かった。
とにかく、今はこの状況を脱しなければならない。しかし、
(……何にも思い付かない)
変身ができたときは、素手で止めるなり、武器で止めるなりしていたけれど、今はその方法をとることができない。エクシードブレス――左手に着けたこれ――で止めることも考えたが、エクスカリバーの威力がどれ程なのかわからない以上、やめた方が良さそうである。
(こうなったら、一か八かやってみるか)
一つだけ、やっと思い付いた策がある。だがこれは、あまり褒められた方法ではないし、かなりリスクが高い。クレアの剣筋を、かなり見極める必要がある。
(良く見ろ……良く見ろ……)
上から下、下から斜めと剣が走る。どれもがランダムで予測ができない。しかし、巡一が後退しているおかげで、エクスカリバーによる攻撃にも限りが出てくる。
「……あぁっ、もう!」
すると、彼女は柄頭に手を添えて、突きの姿勢に入った。
(! 今だ!)
光り輝く剣先が、巡一の胸を狙う。それを見た彼は体を少しずらし、そして――――
ずぶり!
「えっ!?」
エクスカリバーが、巡一の右腕に刺さった。
***
「ぐ、おおおおぁぁぁぁ!」
クレアは激しく動揺した。全ての攻撃を完璧に避けていた巡一に、ついに体力の限界が訪れたのかと思った。
(嘘、ギリギリで止めるつもりだったのに……!)
否、限界だったのは自分の精神力だったかもしれない。現に今の攻撃は、戦況が変わらないことからの苛立ちで、少々力んでいたような気がする。
(と、とにかく剣を抜かないと!)
クレアが柄を引こうとする。しかし巡一は、逆に彼女の方へ迫っていった。
「――――へ?」
剣は抜けるどころか、さらに刺さっていく。クレアはバランスを崩し、両手を離して後ろに倒れた。
巡一が馬乗りになる。そして左の拳を上げ、勢いよく降り下ろした。
「!」
ごすっ! と言う音が耳元に響いた。見れば、拳はクレアの顔の横を通り、地面に打ち付けられている。
「…………」
「……いってぇ」
腕を押さえながら、巡一が立ち上がる。
一瞬の出来事に呆然とするクレアは、倒れたまま動けない。そんな彼女に、巡一は手を差し伸べる。
「ほら、手」
「え? あ、うん」
やっと脳の処理が追い付いてくる。あまりの奇策に、かなり混乱していたようだ。
あろうことか、彼は自分の腕を犠牲にして、彼女の剣を止めた。普通なら、そんな戦法は生死を賭けた戦場でもやらない。だが彼はやった、自分の身体をただの道具のように扱って。
(まるで、狂戦士だね。……いや、焦っているのかな?)
「それで、どうなんだ?」
「うん?」
「俺は、ついていっていいのか?」
そういえば、そういう話だった。確かに、彼は戦力としては申し分ない。体力はあるし、先ほどの拳もしっかり力が入っていた。しかし、かなり危なっかしさがある。このまま放っておけば、四肢を失っても戦うかもしれない。
「……そうだね」
彼を一人にしてはいけない。クレアは直感的にそう思った。
「では、合否を発表します」
「うん」
「保留!」
「うん。………………うん?」
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