02 拾い者

 クレア・スカーレットは勇者である。

 田舎の出身である彼女は、幼い頃から剣の鍛錬をし、実力で騎士団長の座を勝ち取った。そして、勇者にしか引き抜けないと言われる聖剣、エクスカリバーを引き抜き、見事勇者に選ばれたのだった。

 クレアはその後、旅の中で二人の仲間を加えた。

 まず、魔法使いのパレスとは王国を出る際に出会った。門をくぐった後、まるで待ち構えていたかのように現れ、あれよあれよという間に仲間になった。とても優秀な魔法使いで、クレアも戦闘時には背中を任せている。しかし、パレスには少し困った癖があった。

「勇者様!」

「……何かな?」

「好きです! わたしと、付き合ってください!」

 求愛、である。彼女はことあるごとに、クレアに愛の告白をするのだ。だが、クレアの恋愛対象は男性、さらに言えば、自分より背が高い屈強な男が好みである。身長が小さく、ましてや可愛らしい少女であるパレスは、友達にはなれても恋人にすることはできなかった。

「何度も言うけど、パレスちゃん、僕は君と付き合うつもりは無いよ?」

「わかりました! じゃあ結婚してください!」

「うん難易度上げないでくれるかな。結婚もしないよ?」

「なら一緒のお墓に入りましょう!」

「先を見据え過ぎじゃないかな!? それもう家族になっちゃってるじゃないか!」

「まあまあ、パレスさん、クレアさん。少し落ち着いてください」

 ここで、隣にいた女性が会話に入る。

「貴女も止めてくださいよ、マキさん」

 マキと呼ばれた女性は、クレアの二人目の仲間だ。シスターである彼女はとても穏やかな人で、信仰心がとても強い。マキとクレア達が出会ったのは、とある村で任務を請けた時のことだった。とは言っても、仲間としてではなく、敵としてなのだが。

「大丈夫ですよ。これも全て、の思し召しですから」

 マキは所謂、邪教徒である。任務の内容も、『村にいる邪教徒を追い出してほしい』というものだった。しかし彼女は、他人に害をなすような人ではなく、むしろ慈善活動に勤しんでいた。そんなわけでクレアは、マキを連れ出す形で仲間に加えたのだった。

「いや、あのマキさん。邪神がどうこうとかではなくてですね、パレスちゃんを止めて欲しいんですが……」

「ええ、それも邪神様の思し召しです」

「勇者様ぁ。こんな邪教徒放っておいて、わたしと隠居して一緒に幸せな家庭を築きましょうよぉ」

「パレスちゃんはいい加減、段階をすっ飛ばすのやめないかな!? マキさんも、会話をしようとしてください!」

「それでは会話をするために、わたくしの話から致しましょうか」

「そんな強引に!?」

 するとマキは、自分達が歩いていた道の先を指で指し示した。それにつられてクレアとパレスが視線を移動させると、遠くに何かが横たわっているのが確認できる。

「あれは、……人?」

「ええ、恐らく」

「よく気づきましたね」

「シスターですから」

 ちょっとよくわからなかった。

 クレア達が急いで近づくと、その人物が傷だらけであることに気づく。幸い、生きてはいるようだ。

「なんて酷い怪我……、マキさん、回復と、一応浄化もお願いします」

「わかりました」

「パレスちゃんは、回復薬と包帯を用意して」

「は、はいっ!」

 クレアは二人に指示を出した後、辺りの様子を見た。この人物が倒れていたのは一本道で、周りは野原に囲まれている。人が隠れられそうな物も無く、最近何かが通った跡も無い。

(誰かと争った形跡どころか、車輪の跡すらないなんて……。こんな道のど真ん中で、いきなり傷だらけになったとでもいうのか……?)

「クレアさん、終わりました」

 マキに声をかけられ、クレアは考えるのをやめた。今はこの男性の命が大事である。

「さすが、早いですねマキさん」

「シスターですから」

「……何なんですか、その理論」

「ちょっとぉ、わたしも包帯巻いたんですけどぉ」

「はいはい。ありがとね、パレスちゃん」

「じゃあ、ちゅーしてください」

「僕の好みになったらね」

 パレスのことを軽くあしらいつつ、傷を開かないように男性を持ち上げる。後ろで、「……変化の魔法? いや、いっそ洗脳魔法で好みを変えても……」みたいな声が聞こえたが気にしないことにした。

「どこか休めるところを探そう。近くに村でもあればよかったんだけど……」

「残念ながら、ここら辺だと1日はかかりそうですね」

 マキが地図で場所を確認する。パレスは「あぁん、わたしもお姫様だっこぉ!」と喚いていた。なんだこの差。

(それにしても、この服見たこと無いなぁ)

 男性が身につけていたのは、ボロボロではあれが、この世界では見慣れない物ばかりだった。特に、左手に付けられた謎の道具。一つの丸い窪みがあり、そこには何かが嵌まりそうである。

 しかし、クレアが服に注目したのはほんの一瞬で、次に彼女は彼の体つきを評価していた。

(筋肉は……結構ついてるな。どこかで兵士でもやってたのかな。……あぁ、でも惜しいなぁ。あと二回りぐらい大きかったら、僕の好みなのに……)

「もったいないなぁ……」

「……始まったわね」

「こうなるとクレアさんは話が聞こえなくなるんですよねぇ」

「ああ、わたしのこともあんな風に見つめて欲しいなぁ」

 とにかくクレア達は、男性を安全な所へ運ぶべく、再び歩き出す。

 そして物語は、彼、逢崎巡一を中心に大きく動き出すのであった。


       ***


「…………?」

 巡一が目を覚ますと、青空と黒い影があった。その影は丸く、息をするように動いている。

(後頭部がやわらかいし暖かい……)

「あっ、目が覚めました?」

 影から顔がひょっこりと出てくる。銀髪で糸目の、美しい女性だ。彼は膝枕をされていた。

 巡一は、ヴァイスとの戦いの中、異空間に追い出されたのを思い出す。どうやら気絶中に、どこか別の世界へ流れ着いてしまったらしい。人のいる世界でよかったと安堵する。

「……ここは?」

「うふふ、クレアさんが、道で倒れていた貴方をここまで運んできたのですよ」

「あっ、いやそうじゃなくて……」

 ここがどんな世界なのかを聞こうとしたのだが、彼女には期待外れの返答をされてしまった。まあ、会話ができることがわかってよかったが。

 巡一が体を起こそうとすると、その身に包帯が巻かれていることに気づく。

「あぁ! まだ動いてはいけません! 傷が開いてしまいます!」

「いや、このくらいなら平気だ。それよりこの包帯は、あんたが?」

「いいえ。治療は私が行いましたが、包帯はパレスさんが巻きました。あ、ちなみに私はマキ、と申します。以後お見知りおきを」

 彼女、マキが深々とお辞儀をする。修道女の格好をしているから、恐らくシスターかなんかだろう。道理で雰囲気が神々しいわけだ。

 マキの台詞から、少なくともあと二人いることが推測できるが、その二人が見当たらない。状況確認も兼ねて周りを見ると、後ろの方から声がした。

「目を覚ましたんだね、よかった」

 赤髪の女性が、巨大な生き物を持って歩いてくる。彼女は軽めの鎧と、とても立派な剣を身につけていて、身長は巡一と同じくらいある。狩りにでも行っていたのだろう、彼女の持つ生き物はピクリとも動かない。

「僕の名前はクレア・スカーレット。んで、こっちがパレスちゃん」

「…………」

 パレスは、クレアの背中に隠れて巡一を警戒している。引っ込み思案なのだろうか。長い金髪のツインテールと、大きい帽子のせいでほとんど隠れられてはいないが。

(というか、なんかすっごい睨んでくるんだが?)

「君の名前は?」

 クレアが荷物を下ろしながら、質問をする。

「えっと、俺の名前は逢崎巡一っていうんだ」

「ふむ、アイザキジュンイチか。……なんか言いづらいな」

「確か、日ノ本の国の方がそういう感じの名前だったはずです。彼の場合は、ジュンイチさん、とお呼びしたほうがよろしいかと」

「そっか。それじゃあジュンイチ、早速だけど、君はなぜあの場所で倒れていたの?」

 いきなり答えづらい質問が来た。「異世界から来た」と伝えたところで信じてもらえる自信は無い。かといって、この世界について何も知らない巡一が変に嘘をついても、速攻でバレるだろう。なら、正直に答えて変な人扱いを受けたほうがましかもしれない。巡一は、正直に話すことにした。

「実は俺、別の世界から来たんだ」

「「「……………………………………」」」

 案の定、びっくりするくらい静かになった。鳥の鳴き声が遠くから聞こえるようである。

「…………続けて?」

 クレアが先を促す。優しい口調が余計に怖かった。

「別の世界で、敵の親玉と戦ってたんだ。それで負けて、こっちの世界に飛ばされてきた」

「「「……………………………………」」」

 また黙っちゃった。もう少し詳細を話した方がよかっただろうか。

 すると、今までずっとだんまりだったパレスが口を開く。

「あんたねぇ、どうせくならもっとましな嘘を吐きなさいよ!」

 こんなに声が出る子だったのか。

「いや、気持ちはわかるけど本当なんだって!」

「そんなの信じられるわけ無いでしょ! そうですよね、勇者様!?」

「? いや、彼のことは信じるよ?」

「ほらぁ! 勇者様もこう言って――――えっ!?」

 クレアが意外な反応を示した。

「な、何でですか勇者様!」

「だってほら、彼の身に付けている服、見たことないんだもん」

 あっさりとした理由に、パレスとジュンイチは唖然とする。

「ほ、本当か?」

「うん。それにさっきの状況も、彼の話が本当なら説明が付くし」

「うそぉ……」

 先程まで、クレアが何かを思案している感じだったのは、そのためか。巡一のざっくりとした説明を、ある程度辻褄が合うのを確認した上で信じるに至った。巡一からすれば助かるが、悪人に騙されないか心配だ。

「ていうか、ジュンイチ。そういうことなら、早く戻ったほうがいいんじゃないかな?」

「! そうよそうよ! 本当ならさっさと戻んなさいよ!」

 クレアに便乗して、パレスが煽ってくる。

「戻りたいのは山々なんだが、この世界に来た原因は相手側にあってな……。俺だけじゃどうにもならん」

「そっか、それは困ったね……」

「でしたら、我々と一緒に旅をするのは如何でしょうか?」

 様子を見ていたマキが挙手をする。それは巡一にとって、願ってもない提案だった。

「うん、それはいい考えだね!」

「えっ!?」

 受け入れると思っていなかったのか、パレスが目を丸くする。そしてクレアの胸当てを掴み、前後に揺さぶった。

「冗談ですよね!? こんな野蛮でオオカミな男と旅をするなんて!」

「いや君、男にどんなイメージ持ってんのさ。マキさんの時はそんなに拒否しなかったよね?」

「このエセ聖女いいんですよ女だから! でも男だと……」

「男だと?」

「旅の途中で変身して、勇者様好みの長身ゴリマッチョになっちゃったら大変じゃないですか!」

 アホみたいなことを言い出した。あまりにも杞憂すぎる。

「お前は俺を何だと思ってるんだ……」

「ふむ、それはアリだね」

「アリなのか!?」

 クレアが期待の眼差しで巡一を見ていた。こっちもこっちでアホだった。

「まあどちらにしても、連れて行くかどうかは僕と手合わせしてからかな」

 そう言ってクレアは、少し真面目な顔になる。周りの空気が変わったのを感じた。

「……言っておくけど、勇者様は自分と同じくらいの強さがないと仲間にしないわよ」

 パレスが睨みながら忠告する。つまり、弱かったら一人でなんとかしろ、と言うことか。この世界の初心者である巡一にとって、それだけは避けたかった。

 クレア達は荷物を片付け、広い場所を探して移動し始めた。

「なぁ、一ついいか?」

 巡一はクレア達に問いかける。

「お前達は、いったい何を目指してるんだ?」

 それは会話の中で、ふと疑問に思ったこと。彼女達が、なぜ旅をしているのか。なぜ自分に強さを求めるのかを、巡一は知りたかった。

 クレアが振り返り、口元を歪める。果たして彼女の、勇者と呼ばれるクレアの目的とは――――。



「――――魔王退治☆」

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