守護霊互助組合! アンタら解散させてやるわっ!

ニッチなことこの上ない、守護霊抹消士という職業。

ところがおかげさまで月数人程度の受注はコンスタントにあり、わたしの資金繰りもなんとか回っている。


「ポエットちゃ〜ん」


出たわ。

わたしの事務所に入り浸る刑事さん・・・だったらいにしえの探偵ドラマみたいでカッコいいんだけれども、極めて現実的なお隣の優雅なマダム・・・いえ、『おばあさま』とはっきり言うわ。


「どうしたの? みよこさん?」

「ポエットちゃん、私もしかしたら振り込め詐欺に狙われてるのかも」

「え。何かそういう電話でも?」

「あのね。電話かけてきたのが女の子でね」

「女の子?」

「ええ。とても若い声に聞こえたわ。でね、その女の子がね、『みよこさん、シュゴレーゴジョクミアイに入りませんか? 入会金は10万円です』って言うのよー」

「シュゴレーゴジョクミアイ?」


こんな奇妙な発音の長い単語、『守護霊互助組合』としか漢字変換のしようがない。まさか、とは思うけれども奴らわたしの周辺から攻めて来たのかしら。


「みよこさん、奴ら・・・じゃなかった、その女の子はいきなり『みよこさん』って呼んだの?」

「ええ、そうなのよ。苗字じゃなくって下の名前でね。うちは電話帳にも電話番号載せてないし、物騒だから表札も出してないからどうして分かったのか気味悪くって」

「ふーん」


わたしは依頼客用にドリップしておいたモカブレンドをみよこさんのためにサーブしてあげる。たっぷりの生クリームとお砂糖で『みよこさん仕様』にして。


「で、みよこさんは何て答えたの?」

「『結構です』って」

「あー。微妙な返事ね」

「そしたら女の子はね、『ありがとうございます! では今日の夕方にお伺いします!』って元気よく電話を切られちゃってね」

「『結構です』を都合よくYESに取る常套手段ね」

「どうしよう、ポエットちゃん」

「わかったわ。わたしも一緒に居てあげる」


・・・・・・・・・・・・・・


実は『守護霊互助組合』が何なのかをわたしは知ってる。

というか去年の夏、お師匠の事務所に所属して『イソマツ居候守護霊抹消士イソウロウシュゴレーマッショウシ)』をやってた時、痛恨・激烈なる恥辱を味合わせられた。

わたしがお師匠から初めて単独で任された仕事を守護霊互助組合の組合員(当然全員シュゴレー)がグルになって妨害してきたのよ。お陰でわたしはお師匠の事務所をリストラされて、修習生としてもう少しで抹消士の免許取れそうだったのにダメになって。1から修習やり直してようやく開業に漕ぎつけた訳なのよ。


お陰で預金全部取り崩して修習生生活を続けたわ。


ここで会ったが100年目、あの時の汚辱をすすぎ、奴らに今度こそ壊滅的なダメージを与えてやるわっ!


「ポエットちゃん、まだかしから?」

「しーっ。奴らは何人で来るかわからないし玄関からまともに入ってくる保証もないわ。静かにしててくれるかしら」

「え、ええ。分かったわ」


パタン。


あら、何か物音がしたわね。


「みよこさん、キッチンの方ね」

「え、ええ。なにかしら」


やっぱり来たみたいね。足音を立てないようそうっと。


「こんにちは」


やっぱり。

何この子、テーブルで我が家みたいにくつろいじゃって。おまけに勝手に冷蔵庫開けてヨーグルト食べてるなんて。


「これあまり美味しくないわ」


あらら。みよこさん、すっかり動転しちゃってるわ。


「あのあのあの。あ、あなた、小学生? 鍵かけてたのにどうやって入ったの?」

「こーやって」

「わ!」


みよこさん、驚きすぎよ。でも、無理ないわね。テーブルからいきなりぱっ、て消えてみよこさんの目の前に瞬間移動したんだから。


「こらチビ」

「わあ。レディーに向かって失礼ね」

「うっさい。不法侵入しといてぬけぬけと」

「え、『不法』? テレポーテーションを取り締まる法律なんて日本にあったかしら」

「どうでもいいからシュゴレーの姿で話しなさいよ」

「ふふ。だあってのほんとの姿はオジサンなのよ。こっちのかわいい方がいいでしょ」

「オジサン、て。この子とどういう関係? 」

「別に。前はの本当の娘を守護してたのよ。でも、娘の恋敵の女を娘の体使っていじめてたら自殺しちゃって。そしたら娘も自殺しちゃった」


う・・・・コイツ・・・


「しょうがないからもっと小さい子の方が守護し甲斐があると思って。だから道歩いてたこの子を守護することにしたの」

「反吐が出るわ。あんたらのは守護じゃない。過保護、ていうのよ」


シュゴレーがにやあ、と笑う。それは小学生の笑みではない。


「ポ、ポエットちゃん、なに言ってるの? この子はなんなの?」

「みよこさん、コイツは守護霊互助組合の幹部よ」

「あらあら、さすがポエット。そこまでお見通しとはね」

「やり口がゲスね。一切合切が『姑息』と『陰険』の2ワードで説明可能だわ」

「ふふ。ポエット、羽振りいいみたいね。ウチの組合員たち何人も殺してお金いっぱいもらったんでしょ」

「生きるに事欠かない程度よ。アンタ事業部長でしょ」

「正確には守護事業部長よ。最近は本業の守護以外に依頼を受けて呪い殺す呪殺事業部長も居るから」


うわわわわ。ダメだわ。コイツら、根こそぎ駆除しないと。それよりも・・・


「ねえ、守護事業部長」

「なーによ、ポエット抹消士」

「その女の子、解放してあげなさいよ。そんなピュアな幼い女の子に取り憑いちゃってさあ」

「やーよ。それにこの子ピュアでもないわよ」

「え?」

「この子、小学校でいじめられてるのよ。クラスの女子からも男子からも全員からね。んで、いじめっ子なんかいなくなれ、って言うこの子の願いとウチらシュゴレーの利害が一致したわけよ。手始めにさっき3人呪殺してきたわ」

「3人? さっき? いっぺんに?」

「そうよ。怪しまれないように、事故に見せかけてね。下校途中にいじめのサブリーダーの女子3人が並んで歩いてたから後期高齢者が運転する軽四を時速100㎞で突っ込ませたわ」

「なんてことを・・・」

「ふふ。即死よ。その女子3人もそれ以上いじめっていう犯罪でカルマを深くしない内に地獄へ行って罪を清算すれば割と早く娑婆シャバに戻ってこれるでしょ」

「守護部長のクセになんで呪殺すんのよ!」

のために呪殺したのよ。だからそれは守護なのよ。それにわたし呪殺部長も副主務だから代理決裁できるのよ。だからコンプラ違反じゃないのよ」

「内輪の事情でなにがコンプラよ。アンタら全員クソ野郎だわ。でもなんでわたしの所に来たのよ」

「ふ。明日小学校のこの子のクラス全員呪殺する予定なのよ。『違法建築だった』っていう体にして教室をグシャッてぺちゃんこに崩落させてね。でも3人トラックにはねられて死んだなんてニュースが流れたらポエットがすぐに察知して邪魔されるだろうからその前に先制攻撃しろって組合総代会で議決したのよ」

「バカなの? アンタたち」

「さあね。とにかくこの子を守護するっていう理由で100人規模の呪殺案件が実行できるのよ。この子はわが組合の稼ぎ頭よ!」

「させないわ!」


こういう輩にはいきなりの全力攻撃あるのみよ! わたしの渾身の右ストレートで一撃粉砕してやるわ! ・・・・って、あれ?


「ふふ。どうした、ポエットぉ!」

「その子の肩の上から顔出しなさいよ!」

「やーだよ! シュゴレーの実体を晒したら攻撃されるじゃない。この子と完全にシンクロしてたらオマエはこの子の体を攻撃するわけにいかないでしょうが!?」

「くっ・・・でも、アンタも攻撃できないでしょ?」

「ふふふふ。できるのよ、こうやって!」


あ。ナ、ナイフ!?


「死ね! ポエット! インチキ抹消士が!」

「ちょ・・・その子の体でわたしを殺したらその子が殺人犯になっちゃうじゃない!」

「知ったことかあっ! ワシらが好き勝手に『守護』できればそれが快感なんじゃあっ!」


くっそー! コイツらやっぱりとんだ自己チュー野郎どもだわっ!

結局自分が気持ちよくなりたいだけじゃないのっ!


あれ?


「みよこさん、逃げて!」

「いーえ、ポエットちゃん! アタシだって我慢ならないわ、この悪魔めが!」


み、みよこさん? ガスレンジなんかつけてなにやってんの? もしかして家に火をつけてシュゴレーもろとも花と散るつもり!?


「これでも喰らうがいいわっ!」

「ぎぃやああああ!」


ゲ、ゲホッ! な、なにこれ?


「と、唐辛子?」

「そうよ、ポエットちゃん! わたしのお姑さんがよくやってくれたまじないよ! 風邪も悪鬼も家から追い出すためのね! 唐辛子を焼いた煙で炙り出してやるわっ!」


目、目にしみる〜!


「ぐわぐわぐわぐわああ!」


ズルううっ!


「あ、出た!」

「ポエットちゃん、今よ!」


コイツ、こんなグロいおやっさんがこんなかわいい子の中に入ってたなんて、それだけで犯罪よっ!

このゲスが!


「おわ! ポエット、なにしやがる!」

「うっさいわっ! こうすんのよっ!」


わたしはみよこさんが焼いてくれた火の玉のように熱く焦げる唐辛子をわしっと素手でひっつかんで右拳に握り込み、一直線にシュゴレーの顔面に叩き込む。


「ごえええっ」


シュゴレーのネトネトした唇を固く握った拳で突き破り、口腔のにっちゃりした唾液と生暖かさを堪えてそのままぱっ、と中で手を開いた。そして唐辛子をシュゴレーの咽喉から食道へとぐいぐい押し流し込む。


「ウエウエウエウエっ!」

「アンタがもう一回地獄に行くのよっ!」


シュゴレー自体が焦げ始めた。

そのまま焼かれる唐辛子のように縮み、カスカスになって消滅していった。


「ポエットちゃん、やったわね!」

「みよこさん、ありがとう。助かったわ」

「あの・・・わたし・・・」


あら、さっきまでの傲慢な声質と違って地声はほんとにかわいらしいわ。かわいそうに、シュゴレーの意とはいえ、人の生き死に無理やり関わらせられてたんだから・・・


「さあ、怖かったでしょ。今暖かいココアでも淹れてあげるわ」

「あ、みよこさん、わたしも頂けるかな」

「もちろんよ、ポエットちゃん、本当にお疲れ様」

「あの・・・すみません、よくわかりませんけど、助けてくださったんですね。ありがとうございます」

「あら。わたしは自己チューなシュゴレーを一匹駆逐しただけよ。まだあなたを助けていないわ」

「え」

「ポエットちゃん、どうするの」

「学校をぶっ潰すのよ」

「え!?」

「え!?」

「だって、いじめを抹消しないとあなたは救われないでしょ? あなたのクラスをぶっ潰すわ」

「え、でもでも・・・」

「そうよ、ポエットちゃん、そんな乱暴な」

「みよこさん、わたし乱暴なことなんてしないわ。ちゃあんとコンプラ違反にならないように、合法的にやるから」


ほんと、ムカつく世の中ね。


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