気合いで病気が治るわけないでしょっ!

記念すべき最初のお客さんから法外ではないけれどもそれなりの報酬を得たわたし。

そしてありがたいことにその第1号顧客・ハッコウさんはツイッターでわたしの事務所をプロモーションしてくれた。


ハク:『小堀ポエット・守護霊抹消事務所。決していかがわしくありません。ポエットさん、ありがとうございました!』


ちょっと微妙だけど。


さあて。こちらからのアプローチじゃなくってお客さんの方から来てくれないかな。

わたしが強く憧れるのはいにしえの探偵ドラマ。


『ちょっとポエットちゃ〜ん、助けてくんないかなー』


とかなんとか言ってとぼけた刑事が事務所に入り浸っててわたしが、


『しょうがないわねー』


って言いながら難事件を解決しつつ付随業務で収入を得ていく・・・


まあ、守護霊を抹消するという余りにもニッチな業態にどこまでの需要があるのか。一応市場調査はしたんだけどね、この地区の氏神様うじがみさまん所に行って。

『儲かりますか』って訊いたら『そこそこな』とお答えになったのでまあ大丈夫だろうと。


ああ・・・暇ね・・・


「あの、ここ、小堀ポエット事務所ですよね・・・」


え? 来た来た! この時代にアポも取らずいきなり事務所に来るお客さん。ドラマの展開そのもの!


「はい、そうです。どうぞどうぞ」


わたしは籐家具の応接セットにお通しし、準備万端に整えておいたコーヒーをお淹れする。2人目のお客さんは女性だ。


「当事務所の所長、小堀ポエットです」

須藤すどう彩香あやかと申します」

「どうされました?」


わたしの質問に答える間合いにざっと彼女を観察する。

綺麗な人だ。

年齢はわたしと同じか少し下だろう。第一声からして大人しく静かな人だと感じられた。


「病気を治していただきたいんです」

「病気・・・失礼ですが、どういった」

「うつ病です」


なるほど。

どこか翳りがあったのはそれか。


「いつ頃からですか」

「就職してすぐですからもう5年になります」

「5年も・・・それはお辛かったでしょう」

「・・・はい」


彼女が一筋涙をこぼしたので、わたしは菓子盆に盛ったリーフパイの袋を開けて勧めてあげた。途端にぶわっ、と涙を溢れさせた。


「実は、職場にはうつ病だということは言っていません」

「そうなんですか。どうしてですか?」

「わたしの5コ上にうつ状態の先輩がいたんです。そのひとが上司や同僚の仕打ちで辞めさせられたからです」


須藤さんが尊敬していたその先輩は顧客サービスを向上させるプロジェクトのリーダーだった。けれどもそのプロジェクトが社の事業計画の目玉として進められていたさ中、役員の出身母体である大企業ゴリ押しで会社は到底採算ラインに乗らない価格での仕事を押し付けられた。その役員に同調する上司と同僚たちが、『顧客サービス向上など短期的な利益を生み出さないだろうが!』と、影に日向に先輩を穀潰しと呼んだらしい。


そして先輩がうつ状態となり通院するようになると、


『仕事に覇気がない』


と非難の声を浴びせ、とうとう彼女が医師の診断書を受けて1か月の長期休暇となると、


『あいつは自宅でネトゲやりまくって最高得点を更新してる』


と事実無根の悪口を社員の前でわめき散らした。(仮に事実であったとしてもだったらどうした、という話なのだけれども)


とうとう先輩は会社を辞めることになるのだけれどもその際も上司や同僚たちは最低の対応をした。

一人娘の心の沈み込みように猜疑の心を持ちながらも、


『ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました』


と彼女の両親が会社までわざわざ挨拶をしに来た時、


『娘さんは会社に大きな損失を与えるのみならず、あんな「ズル休み」が許されるのかと若い社員たちの士気を下げた』


と上司は吐き捨てた。


「最低の会社に最低の社員たちだね。それで、須藤さんはどうしたいの?」」

「わたしは先輩のようになるのが怖くてうつ病だと言い出せなくて。だからうつ病をこっそり治したいんです。誰かの守護霊の仕業ならポエットさんのお力で」

「ダメですね」

「え」

「須藤さん。根本の原因はその上司と上司を恐れて同調する同僚たちです。そしてもっと元を正せば、自分の親元企業に利益誘導するダメ経営者の役員です。仮に須藤さんが瞬間的にうつ病が治ったとしてもその腐り切った会社にいる間はまた病気になりますよ」

「ええ。ええ、そうですよね。でも・・・」

「あなたは先輩の無念を晴らしたいんでしょう」

「はい。そういう気持ちの方が強いです」

「ならば鬼退治しましょうか」


・・・・・・・・


「はー。立派なビルですね」

「はい。でも、大丈夫でしょうか。ポエットさんが真正面から乗り込むなんて」

「ああ、心配しないでください。須藤さんにはご迷惑おかけしませんから。じゃあ、ご自分の部署に出勤してお仕事頑張ってください」


うーん、満員電車なんて久しぶりに乗ったわ。高校の時以来ね。あ。アラサー女だって根は女子高生だったので。


わたしは須藤さんと一緒に出社し、彼女はそのまま資材部の自分のデスクに。わたしはエレベーターに乗る彼女を見送って総合受付へ。


「おはようございます。株式会社ポエッティの代表取締役・小堀ポエットと申します。資材部のフカデン課長をお願いできますか。アポなしです」

「アポなしですか」

「はい。飛び込み営業です」

「申し訳ございません、フカデンはただいま会議に入っておりまして」

「へー。下請け会社にはアポ無しで来て仕事の邪魔するクセその逆は嫌だと。偉いもんですねえ、大企業の管理職さんは」

「や、やめてください。他の社員も見ておりますので」

「ほんとのことなんだからしょうがないじゃない。嫌なら早くフカデン課長につないでください」


受付の女性は合理的だ。この場を速やかに収める術を知っている。いや、単にフカデンが嫌いなだけかもしれない。一切の情報を彼に与えず、アポなし客をそっちに行かせると一方的に伝えて受話器を下ろした。


・・・・・


資材部の応接コーナーに通された。


「フカデン課長様、わたくし(株)ポエッティの代表取締役、小堀ポエットです」

「ふーん。で、何」

「我が社のペレットは御社が取引しておられる仕入先より5%安くご提供できますよ」

「・・・ほう」

「加えて私どもが先期から導入したマシニングセンターは最新鋭です。御社が設備投資することなく加工代行もできますよ」

「ふーん。なかなかいいじゃないか」

「ところでフカデン課長」

「ああ」

「わたしの交渉相手はあなたですか? それともあなたの肩の上の変なのですか?」

「なっ! 見えるのか!?」

「あー、なんだー。やっぱり守護霊シュゴレーがいるって自覚はあったんだ。じゃあ話が早い。その守護霊、とんでもない過保護だよね。誰? あなたのお母さん?」

「何を言ってる」

「ほらほら。『かわいやフカデン、よしよし・チュッチュ〜』だって。気色悪きしょくわる!」

「なんだと!? 俺のお母さんは女手ひとつで俺を育て、去年死んだんだ。立派な親だった。侮辱すると許さんぞ!」

「うっさいわね! はっきり言うわ。本当の賢母けんぼならばどんな手段を使ってでも息子のパワハラを止めるはずだわ。息子がパワハラを出世の足がかりにしてるのを後押しするなんてとんでもない愚母ぐぼよ!」

「クソがあ! 母さん、この女社長を殺してやってくれ!」

「ほーら、出たわねー。親子揃って甘ちゃんがっ! そもそもアンタみたいな輩が管理職になった時点でこの会社は終わってんのよ!」


パーテーションに隠れて姿は見えないとしても、アポなしでやってきた零細企業の社長を名乗るアラサー女と資材部の課長が派手に怒鳴りあっているのに誰も干渉して来ない。みんなフカデンちゃんが怖いのかそれともこんな会社どうでもいいと見限っているのか、とにかく末期症状だわね。


「死ね!」


フカデンちゃんが母親の過保護守護霊とオーバーラップする形でわたしに殴りかかってくる。

ああ・・・仮にも一部上場の企業のオフィスでしかも管理職が『死ね!』って叫んで小学生並みの幼稚な暴力で向かってくるなんて。


「えい」


わたしは二人羽織の右ストレートを頭を5mmずらすだけの動作で避け、そのままほんの軽〜く右拳を被せるように当てた。


「がはっ!」


当てるつもりはなかったけれどもフカデンちゃんと母親の鼻の頭に見事にカウンターが乗っかって、鼻血が出たわ。

息子を溺愛するあまり鬼の形相になっていた母親の守護霊シュゴレーは糸がぷつんと切れたように猛スピードでしゅるるると宙を巻い、パーテーションから見えていたミズヤのディスポーザーに吸い込まれざまガリガリと砕かれて排水口に流れて行っちゃった。


行き先は、地獄、しかないわね。


「ああっ! 母さん、母さん!」


まあちょっと哀れな感じはするけど、しょうがないじゃない。

本当の愛情って実は極めて冷静で客観的なものだっていうことが分からない親だったんだから。依怙贔屓せずに我が子を諌め、立派な男に育てる守護霊なら、親子共々幸せになれたのに。


さあて。自分の母親の2度目の死を目の当たりにして腑抜けているフカデンちゃんはほっといて、本丸の役員室に向かうか。


にしても、これだけの騒ぎでも社員全員無関心で自分の机に座ったままだわ。

あら、それどころか、外線電話も誰も取ろうとしない。須藤さんが一人で電話を取りまくってるわ。それで、わたしのことも心配そうに見てくれてるし。


でもここで須藤さんが単独行動を取ったら社内で彼女はいじめられちゃうわ。

まあ、わたしに任せといてよ。


「こんちはー。アンタがセンムさん?」

「なんだ、キミは」


うわ。


守護霊シュゴレーとセンム本体が見事にシンクロしてるわ。


重々しく苦々しく禍々しいその容姿。


間違いなく守護霊シュゴレーと人間のセンムと2人いるけど、片方だけに攻撃する器用さはわたしにはないわ。どうしようかしら・・・・


「ほら」

「わっ!」

「ほれ」

「わ・わっ!」


何、このスピード!?

老人男性の体にぴっちりしたスーツなのに、ハンドスピードが半端ない。軽く撃ってくるジャブが見えない。


「くう〜」


思わずこういう意味なしの気合の声を出さないとわたしも避けきれないわ。どうするどうするどうする・・・・


「ポエットさん!」


彼女がなにか『エモノ』を投げてくれた。あ、これは・・・


そう。オフィスでシュレッダーの横に置いてある長〜いのついたコロコロローラー。腰をかがめずにシュレ紙の端切をテープにくっつけてコロコロできる優れもの。


「サンキュ、須藤さん!」


受け取るやわたしはまずコロコロのローラーの側を持ち、柄の部分でセンムちゃんの延髄あたりをビシッと打った。


「ぐえ!」


へんな声を上げて一瞬動きを止めるセンムちゃん。すかさず持ち替えて今度はローラーの部分で彼の顔面をコロコロする。


「びびびびびびび!」


コピー機の内部に挟まった用紙を引っ張り出すような音がしたかと思うと、守護霊シュゴレーがセンムちゃんの体から剥がされ引っ張り出されてきた。守護霊シュゴレーは畳一畳ぐらいの模造紙状で、つぶらな目玉が2個ついてる。

わたしはその守護霊シュゴレーの端っこを破れるぐらい乱暴に引っ張ってシュレッダーまでダッシュした。


「須藤さん!」

「はいっ!」


須藤さんがスタートボタンを押したところへシュゴレーをブッ込んで、シュレった。


「びわびわびわびわーっ!」


断末魔の声を上げてカッターに飲み込まれていくシュゴレー。

やっぱり行き先は、地獄。


「ワテらの会社をメチャクチャにしおってー!」


あれ?

シュゴレーが抜けたのにセンムちゃんはまったく変わってない。


要はシュゴレーも本体もどっちもどっちってことだ。


しょうがない。普段は自分自身でタブーのルールにしてるけど、わたしはセンムちゃん本体に拳を振るった。


「センムちゃん、あんたは根こそぎクソ野郎だわ!」


センムちゃんもカウンターで応酬してきたけど、リーチの長さを考えれば結果は見えている。


「ごえごえごえー!」


ああ・・・生の人間の頬肉を拳でえぐる感触・・・


久しぶりだわ・・・・


・・・・・・・・・・・


翌朝のニュースは須藤さんの会社のM&Aの記事でいっぱいだった。

良識あった社長がもはや外部の優良企業に再建を託すしかないと、Good部門を売却するスキームで話を決めた。


そのかわり代償も大きい。

買われる側の須藤さんの会社の社員は半数がリストラ。


その際の基準は、「パワハラやセクハラといった非生産的な行動因子は問答無用で解雇。縁の下の力持ちとして目立たなくとも実務面で地道に貢献してきた社員の力を結集したい」というもの。

さすが買い手企業は業界屈指の優良企業。筋が通っている。


そして、特定企業に利益誘導したセンムちゃんへの損害賠償請求と刑事訴追、併せてパワハラを積極助長した管理職たちに対する被害者からの訴追への真摯な対応を買収の条件とした。


・・・・・・・・・


「須藤さん、頑張ってるかな・・・」


須藤さんのうつ病には労災が適用された。

今は月一回、公休扱いで通院しながら、今度こそ真摯な企業の真摯な経営陣の元、本当の意味で社会に役立つ社会人として歩みを進めている。


「わたしは・・・このままでいいのかなあ・・・」


自宅兼・事務所のマンションの屋上。

都会のビル群の中ほどにかかる夕日を眺めながら、フカデン課長の母親の母性やセンムちゃんの人間の醜さの根源をふと憐れに思う。


自分を棚上げできる人間って居るんだろうか。


黙考を中断して、ショートピースに火を灯した。




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