シュゴレー抹消事務所を開設します!

naka-motoo

不幸を具現化した子たち、こっちおいで!

わたしはついにこの事務所をオープンさせた。


小堀こぼりポエット・守護霊抹消事務所シュゴレーマッショウジムショ


自宅マンションのスチールドアにA4の紙を一枚ペタッと貼っただけの看板。開業の初期経費は極力抑えないとね。


事務所ドアを開けるとそこには応接用の籐テーブルと籐椅子。相談に来られるお客さんには快適な環境を。


そしてテーブルの上にはクリスタルの灰皿と卓上ライター。


わたしが吸うのよ。文句ある!?


この商売は雰囲気が勝負。

だって、悪運のお客さんにそれ、相手の守護霊のせいですよ、って理解していただかないといけないんだから。


いい? 自分の守護霊じゃないのよ。

守護霊のせいなのよ。


さて。お客は待ってても来ない。

営業活動、開始よ!


・・・・・・・・・・


トルルルルルル


『・・・・はい、スザキです・・・』

「ああ、よかったー。108人目でやっと出てくれたわー。アナタ、いいひとねー」

『あの・・・証券とかなら興味ないですから』

「ふふ。そんなんじゃないわよ。普通は知らない番号の着信だったら出ないところを出てくれるだけで分かっちゃうわ。アナタ、不幸でしょ?」

『・・・切りますよ』

「ちょっと待って! ここで切ったらアナタ永遠に運が無いまま一生終わるよ? そんなのヤでしょ?」

『宗教の勧誘ですか』

「ううん。宗教じゃない。そういうモヤっとしたものじゃないよ。わたしは全て事実に基づいて営業してるから」

『営業?』

「そう。わたしは小堀ポエット、って言います。女・30代・独身、ついでに身長170センチ台前半、体重40Kg台後半。小堀ポエット・守護霊抹消事務所の代表にして所長にして個人事業主です」

『やっぱり切ります』

「だから待って、って! じゃあデモンストレーションにアナタの事実を言い当てるから。今日穿いてるパンツは紺色のペイズリーでしょ」

『?・・・・えっ!?』

「それから今朝は目玉焼きを焼くつもりが黄身が破れちゃったからグルグル混ぜてスクランブル・エッグにしたわね」

『ス、ストーカー? 盗撮? 盗聴器?』

「だから違うって! えーと・・・じゃあ、テレビつけてみて」

『?・・・・つけました』

「誰が出てる?」

『えーと。女優のサカイダ・レイ』

「ふーん。知性派で売ってる美人さんね。あのね。30秒後に『ゲッチュー!』って言わせるから観てて」

『・・・・・・・あ! 確かに言いましたけど・・・これ本当に生番組ですか?』

「もう、どこまで疑ぐり深いのよ・・・じゃあね、アナタの母さんデベソ!」

『うわっ!』

「なに」

『当たってる・・・』


なんだかよく分からないけれども最初のお客さんをゲットしたわ。まあ、諸条件から報酬から全部会って応相談、てことにしたけど。あ、あと肝心なサービス内容もその場で説明することになるわね。

今日の午後、早速事務所に来てくれることになったから、コーヒーもちゃんとドリップしておかないとね。


・・・・・・・・・・・


「スザキ・ハッコウです」

薄倖ハッコウ? またしけた名前つけたものね、デベソのお母さんも。何才? 職業は?」

「24です。就活で失敗してアルバイトを掛け持ちの生活です」

「ふーん。彼女は?」

「・・・いません」

「素晴らしい!」

「はい?」

「悪運を反転させるにはうってつけの人材だわ。わたしの仕事はあなたの運を反転させて幸運を呼び込むこと。手段はあなたのすること」

「・・・よく分かりません」

「ハッコウさん、アナタ、いじめられてたでしょ」

「・・・僕っていじめられっ子のステレオタイプみたいですか?」

「そんなもんあるわけないじゃないの。中学の時にカドタ、って男の子いなかった? そいつがいじめの首謀者だったでしょ?」

「え、え? その通りですけど」

「ついでにそのカドタってものすごく運のいい子じゃなかった?」

「・・・はい。高校で彼女を5人も変えて遊んでるのにトー大受かってパーパート大に留学して・・・今またトー大に戻って最年少で准教授になったって聞いてます」

「ほー。すごいわねー。それ全部無効だから」

「え? 無効? 無効って?」

「その子の力じゃないから」

「じゃあ・・・カドタの両親か先祖が善行を積んでたんですね、きっと」

「全く違うわ」

「え? ポエットさんって霊媒師でしょ? てっきりそういう話かと・・・」

「わたしは霊媒師じゃない。因果応報? 前世の因縁? カルマ? そんなもん、クソ喰らえ、だわ」

「じゃあ」

「全部カドタに肩入れしてるバカな守護霊のせいよ。カドタはね、あなたのマイナスのカウンターパートなのよ。マイナスのライバルと言ってもいいかしら。カドタの守護霊はね、アナタの『運』を吸い取ってカドタに注入し続けてるのよ」

「まさか・・・」

「わたしは事実しか言わないし事実に基づいてしか行動しない。アナタが悪運に見舞われてるのはね、カドタの守護霊がアナタの素晴らしい運に目をつけてカドタにアナタをいじめさせた所から始まってるのよ」

「えっ?・・・」

「だからアナタを幸運にするのは簡単。カドタの守護霊をぶっ殺せばいいのよ」

「守護霊を殺す? だって、霊だからもう死んでるんでしょ?」

「もう一回殺すのよ」

「・・・・・」

「わたしの事務所のキャッチコピーを教えてあげるわ。

『わたしはこの世でケリをつける』よ!」


・・・・・・・・・・


ふうん。ここがトー大か。

初めて来たわ。

なんだかヘンな霊がウヨウヨしてるわね。


「しけた所ね」

「でも、日本の最高学府ですよ」

「ハッコウさんはこんな所入らなくてよかったわね」

「そんな・・・僕なんかが入れる訳ないじゃないですか」

「何言ってるの。カドタの守護霊が居なかったらハッコウさんがトー大に入ってたのよ。いじめられる前は成績良かったでしょ?」

「はい・・・いじめが始まったらなんだか気持ちが勉強どころじゃなくって。成績もガタ落ちました」

「ほら。それ全部がカドタの守護霊のせいなのよ。いじめられて人生狂った子はこの国に大勢いるけど、いじめる側の守護霊のせいだっていうケースは相当多いはずよ」

「そうなんですか」

「あのね。わたしがそういうバカ守護霊が嫌いなのはね、神様に反抗する逆賊だからよ」

「逆賊?」

「そう。だって神様は卑怯が一番嫌い。いじめなんて卑怯の最たるものでしょ」

「そう、ですよね・・・」

「神様は卑怯を懲らしめ、義者を助ける。こういう当然の摂理をこの世に実現しようと神様が懸命になっておられるのに。カドタみたいな子に肩入れするバカ守護霊は神様の仕事を邪魔してるのよ」

「なるほど・・・」

「あ、あれがカドタでしょ?」


やっぱり自然の流れを無視した輩は一目でわかるものね。このカドタって子、表面の顔は端正だけど、胸から腹にかけてはドロドロのグチョグチョね。そんでもって背中に乗っけてる守護霊シュゴレーはっと・・・


「う・・・オエー」

「だ、大丈夫ですか? ポエットさん」

「あー。ひさびさにここまでグロい守護霊シュゴレー見たわー。なんかどす黒い紫色で唇はねじ曲がってるし」

「あ、雨が」


あらあら。雷落とせるんだ。ちょっとはやるみたいね。なら先に本体に宣告しとこうかしら。


「カドタ!」

「? な、なんですか? どなたですか、貴女あなたは?」

「もし今あるもの全部失ったらどうする?」

「は、はい? 何を言ってるんですか!?」

「ねえ、カドタ。准教授なんでしょ? 一般人の質問ぐらい簡単にさばいてよ。全部失ったらどうする、って訊いてんのよ」

「・・・そんなことはあり得ない」

「へえ。なんで?」

「私は常に努力している。研究にも手を抜かない。体だって鍛えてる」

「へえ。じゃあ、いじめは?」

「い、いじめ? あ、お前は」


ほう。一応いじめてるって自覚はあったみたいね。けど・・・


「『ウンコジル』かよ!」

「ぼ、僕はウンコジルじゃない・・・」

「そうよ。この人はハッコウさんよ」

「違うね。こいつの名前はウンコジルさ。はっ!全然変わんねえな。どうせまだ誰かにいじめられてんだろ。お前は勉強もダメ、スポーツもダメ。根っからのいじめられっ子だからな!」

「く・・・」


あら・・・ハッコウさん泣きそうな顔。やっぱり男の子だわ。泣くぐらい悔しいのね。ちょっとだけ我慢しててね。すぐだから。


「カドタ。アナタ、その気持ち悪いのいつも背負しょっててよく平気ね」

「な、見えるのか!?」

「なーんだ。ソイツのお陰、って自覚してたんだ」

「これは私の守護神だ!」

「『神』ときたわね。バカじゃないの? 神様がいじめっ子に肩入れする訳ないでしょ? ソイツはね、アナタの排泄物の塊なのよ」

「何!?」

「アナタの出した、汗、鼻水、唾液、小便、大便・・・それが固まってできたただの無機質な固形物なのよ。手前テメエの体から出たものだからアナタに愛着持って肩入れしてるだけ。人におぞましいあだ名つけてるアナタ自身が汚物を神と崇めてんのよ」

「ち、違う!才能ある私が世を救う研究をするために応援してくれている守護神なんだ!」

「ふ。ほらほら膨張し出したわ。もう10メートルほどに膨れたかしら」

「あ! 僕にも見えます!」

「ハッコウさん。こんなくだらない『物体』がアナタの運を吸い尽くしてたのよ。今からぶっ殺すから、よく見ててね」


あらら。最高学府とやらの研究棟ぐらいの大きさになったわ。まるで怪獣映画ね。

コイツにはこれで十分よ。


「ポエットさん、それは?」

「ああ、トイレの除菌剤よ。ハッコウさん、コイツちょっと臭うかもしれないから鼻、摘んでた方がいいわよ」


わたしは除菌剤のボトルを守護霊シュゴレーの口だと思われる部分に投げつけた。避けることすらせず、簡単に体内にその液体が流れ込んでいく。


「ゴエエエエエエエ」

「あ、私の守護神が!」

「ハッコウさん、こっち!」


さあて、わたしとハッコウさんは安全地帯で見てようか。

あ。

守護霊シュゴレーがグツグツ音を立てて溶け出したわ。


あらららら。

カドタちゃん可愛そうに。

溶けて汚物に戻った守護霊シュゴレーのドロドロをまともにかぶっちゃった。


「う、うわわわわ。お、おい、ウンコジル! 早くぬぐえ!」

「ぼ、僕はウンコジルじゃない!」

「ああ、ああ。ハッコウ! 早く拭いてくれ」

「いやだ!」


ハッコウさん、よく言ったわ!


カドタちゃんの周りにいる人たち、守護霊シュゴレーの姿は見えないけど、匂いに気づいたようね。ほんと、異臭ね。


あーあ、かわいそ。

カドタちゃん、呆然と立ってるわ。

みんな逃げ出しちゃってるし。


「ハッコウさん、見て」

「あ・・・なんか、みんな鼻つまんで避けて歩いてますね・・・ところでポエットさん」

「なに」

「あの、さっき料金プランはお聞きしましたけど、支払いが・・・」

「ああ。全然大丈夫。これでハッコウさんの運は今日を境に一気に好転するから。3日後にはびっくりするぐらい高待遇な職に就けるから。初任給で来月払ってくれればいいわ」

「え? ほんとですか!?」

「ほんとほんと。反対にカドタちゃんは急落していくわね。もともと自分は運も何もないのにバカな守護霊シュゴレー使ってハッコウさんの強運を横取りしてたんだから」

「なんだか不思議です。僕は母親からずうっと、『アンタはばあちゃんのごうを担いでるからダメなのよ』って言われ続けてましたから」

「ハッコウさん。前世のごうも因縁も自業自得も、まっとうに生きてるアナタには影響ないから。アナタはいじめに耐え、人に暴言を吐かずむしろ優しい言葉をかけ、ズルをせずに真面目に働いて来たわ。それは今すぐ報われるから。現世でケリがつくのよ! アナタは幸せになる資格が十分にあるのよ!」


ハッコウさん、泣き出しちゃった。


そう。


わたしが今言ったことは事実。


ハッコウさんをいじめてたカドタちゃんは今この場で報いを受け、ハッコウさんの善行もまた来世を待たずして幸福に転化する。


さ、タバコを一服。


うーん、仕事の後のショートピース、やっぱり美味しいわ。


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