最終話 さや子&みつき featuring稼頭央
ファーストフード店の窓際の席、1人スマホを眺めているさや子。
入り口の自動ドアが開くと、慌てて入ってきたみつきが店員の「いらっしゃいませ」を無視して、一直線にさや子のもとへ息を切らせながらやってくる。
「ごめん、待った?」
「ううん。私も河瀬んちに寄ってさっき来たばっか」
「え? そうなんだ。えー、なんかごめん」
「何が?」
「いや、なんか邪魔しちゃったかなって……」
「え? 何言ってんの? 別にいいよ。なんか最近あいつめんどくさいし」
「何が?」
「え?」
さや子、少し声のトーンを下げる。
「すぐヤろうとするし。それしか考えてないみたい」
「あー、なるほどね」
「みつきといる方がラク」
「何それ。ラクって言われても喜んでいいんだか」
「『楽しい』と書いて楽」
「え? 何それ?」
「最近、ちょっと漢字に凝ってんの」
「どういう事?」
「いやー、漢字って奥が深いんだよ」
さや子、みつきにスマホの画面を向ける。
「私の知的好奇心を刺激するんだよね」
「あー、何言ってんの? っつーかまだ読んでんの? その小説」
「え? みつき、もう読み終わったの?」
「読むのやめたよ。だって、それベタ過ぎじゃない?」
さや子達から少し離れたテーブル席でコーヒーを飲んでいる男。
しばらくさや子を眺めていたが、ふと、何か思い当たったかのように、テーブルの上のノートPCのキーボードを叩き始めた。
「ねぇ、何見てんの?」
ファーストフード店の窓際の席、私とみつきはそれぞれ好き勝手にスマホをいじっていたが、飽きたようすのみつきが話しかけてきた。
みつきは、高校に入ってすぐできた友達で、入学式の時に私が体育館の天井の鉄のフレームに挟まっているバレーボールを眺めていたら、バレーボール部に一緒に入らないかと誘ってきたのだった。
結局、私は夏レンで熱中症でぶっ倒れたのを機に退部を決意。2学期早々、退部届を出した。
それが、一週間前。
そして、私に感化されたのか、みつきも辞めると言い出している。
しかし、みつきが本気ではないのは分かってるので、私も一応止めるフリだけはしている。
「つーかダサいじゃん。角でぶつかった男と女子高生の話とかいって。しかも、いつまでたっても話進まないし」
半笑いのみつきにさや子も笑い半分で対抗する。
「いやー、確かにダサいっ。でもさ、なんか読んでるうちに癖になるっていうか。それに、勇気が出てくるんだよね」
「は? 勇気?」
「だって、こんなダッサい小説、ネットで晒して生きてけるんだよ。こんなんだったら私だって書けるってか、その勇気があれば何でもできそうな気がしてくるじゃん」
「いいじゃん、書いてみなよ」
「え?」
「さや子も書いてみなよ。ほら、漢字に凝ってるんだし」
「それ関係ないでしょ」
「ほら、知的好奇心をインプットだけじゃなくてアウトプットに活かすのよ」
「はぁ? なにそれ」
「いや、なんかうちのお兄ちゃんが持ってる本に書いてあった」
「何の本?」
「いや、なんか、『金持ちになるためのナントカ』ってやつ。インプットした事はアウトプットする事でお金に変えるとか確かそんなのが書いてあった」
「えー、もしかして小説で売れちゃったりするのかな?」
「だから書いてみなって」
「でもさ、何書くの?」
「うーん。まぁ、そう言われると」
みつきはそう言って何気なく周囲を見ると、少し離れたテーブル席でノートPCのキーボードを叩いている男に目を止める。
「あー、そう言えばあのキモい人さ、さや子知ってるって言ってたよね」
「え?」
みつきに言われて、その男の方を振り返るさや子。
「あー、そうそう、私、入学式の日、あの人にぶつかって吹っ飛ばされたんだよね。ちょうキモかったなぁ」
「あの人さ、いっつもここにいるけどさ……って、ん? それいいじゃん」
「え?」
「それ使おうよ。女子高生とその女子高生にぶつかったキモメンが恋におちる話」
「さっき、自分でダサいって言ってたじゃん」
「いや、だから敢えて、そのダサいところがチャンスなんじゃん」
「えー、どういうこと?」
「だから、ダサかっこいいみたいな?」
「分かんない」
「ほら、今、誰もやらないダサいと思われる事を敢えてする事でそれが逆にカッコよくなっていくみたいなやつだよ」
「だから、わかんないって」
「私も分かんないけど、あるんだってそういうのが、ファッションとかでも」
「何情報よ」
「え? お兄ちゃんの本に書いてあった」
「また?」
「あー、確か『ブームはズラし力でつくれ! 稼ぎのナントカ』だったかな……」
「っつーか、誰もやらない事でしょ? もうやってるじゃん」
さや子、スマホの画面をみつきに突きつける。
「いや、まだ大丈夫。それ面白くないし。まだブルー……なんだっけ……えーと」
「何? ブルー?」
「あー、ブルーオーシャン、ブルーオーシャン。そう、その程度だったらまだブルーオーシャンだから大丈夫。市場狙える」
「はぁ? もう何言ってんのか分かんないんだけど」
「とにかくやろうよ。ほら、ヒロインの女子高生はそのまんまあんたモデルで名前もさよ子でさ」
「えー、やだよ」
「作者の特権使ってチョー美少女とかにできるよ」
「あ……。うん、まぁ、しょうがないか。せっかくだし。出ちゃうか」
「じゃあ、主人公の名前はどうしよっか? キモメンの」
「え? あー、かずおとかでいいんじゃん?」
「かずお?」
「ぜんぜん、キャラ立ってないし。なんか、もっと変わったやつが良くない? やっぱキャラって大事じゃん」
「いいよ。考えるのめんどくさいし」
「めんどくさいはないでしょ。これから世の中に打って出て稼ぐっていうのに」
「じゃあ……字だけちょっと凝ってみるよ」
スマホをいじるさや子。すぐに画面をみつきに向ける。
スマホの画面には『稼頭央』とある。
「あー、いいじゃん。その名前負けしてそうな感じが逆にキャラを引き立ててるね」
さや子とみつき、ちらりと男の方を見る。
さや子、男と目が合い慌ててそらすと、みつきと顔を合わせて笑いをこらえる。
男は、さや子が自分の方を意識している事に気づき、心臓が高鳴るのを感じていたが、いざ目が合うと、思わずそらしてしまい、しまったと思っていた。
まだ、彼女は自分の方を見ている……
そう思いながら、さや子の方を見れないまま、芥川龍之介のように顎に手をやり、ノートPCの画面を見つめる男。
ノートPCの画面には『第5話 さや子とみつき』とある。
〈了〉
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