第2話 稼頭央

稼頭央は歩いていた。


片手に持ったスマホを操作する指が素早く直線的に動く。

眉間に皺を寄せ、目を細め、蜘蛛の巣のようになったガラス面を見つめている。

ついに俺の記念すべき第一歩が始まる……

だんだん、顔がニヤけていく。

スマホの画面がひびだらけになってしまったのは痛いが、おかげでアイデアが閃いたのだからこのぐらいの代償は投資の範囲だ。

そんなふうに考えられる自分が誇らしくさえ思えてきて、何か、一段高みに上った気分だった。


今まで、仕事以外で何かやりたい事なんてなかった。いや、それ以前に、考えた事もなかった。

やりたい事……。

子供の頃にはあったような気もするが、気づいた時には、就職してサラリーマンになるのが当たり前で、普通はそういう人生を歩まなくてはいけないと思っていた。

ただ、会社に行き、大した達成感も得られないまま、毎日同じ電車に乗り、毎月同じ数字が同じ銀行の通帳に印字され、毎年、同じ神社で同じ額のお賽銭を投げて同じ事をお願いする。

今年の正月もそうだった。

しかし、その繰り返しを続けてきた御利益なのか、今年、ついさっき、これまでとは違う春を迎える事ができた。


これをきっかけに色々な事が変わりそうな予感がして、鼓動が早くなる。

胸のあたりがソワソワ、ザワザワと息苦しくなる。


もっと指が早く動けばいいのに……

そんなふうに思うほど、自分の内側に突然やってきた発想を早く忠実に吐き出してかたちにしたいという衝動に駆られる。


まさか、自分にこんな事ができるなんて……


稼頭央の指が、画面の端の『公開』という文字にかかる。

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