第5話庭先の日常


七十になった老いぼれの私は、家の庭先で朝の体操を日課にしていた。

七時になると、子供たちの通学路になり、ワイワイ喋りながら歩く子供の賑やかなことであった。

昔から人付合いが苦手な私は、いつからか気難しいオヤジやら、いろいろ子供たちの間でも有名になっていた。

ある夏の暑い日に、お隣に小学生の子供を連れた家族が引っ越してきた。

それからは通学時、私の姿を見ると「おはようございます」とにこやかに笑うその子に仏頂面の私も柔らかくなり、

その子に私も「お・・・おはよう」と モゴモゴしながら挨拶をした。

すると私に手を振り「行って来まーす」また挨拶をくれた。

私も手を振ると、他の小学生が「キモーイ」と言ってくるので、また、仏頂面になって黙ってしまった。


ある日の夜、あの家から怒鳴り声が聞こえた。夫婦喧嘩でもしているのだろうか?喧嘩が起こるような家族に見えなかったが、どこにでも大変なのだと、独り身の私は、気楽でいいとホッとしてしまう。


その喧嘩後、二三日お隣を見ることはなかった。周りもその物静けさに不審かり、私が買い物をしていると近所の人達が、集まって(あの家族夜逃げしたのではないか)など、不謹慎な話していた。


だが、次の日の事であった、ボサボサになった髪で家から出てきたのは、母親であった。その後ろをあの子が静かに私の方を見ていた。

いつも、挨拶をしてくれるあの子に笑顔は消えて、私をジーと見ていた。

それから二日私の目の前で、同じ風景が続いていた。

ある日母親がおらず、その子一人が外に出てきた。また、私をジーと見つめていた。


その口が、微かに動いた


「・・・けて・・・たすけて」


・・た・す・け・て


口にした助けての言葉、はじめの二文字は意味が分からなかった。

ただ、口を大きく助けてを口にしていた。

私が、庭から外に出るの扉を開けて外に出たときには、その子は消えてしまっていた。


(何かがおかしい? )


胸騒ぎして、警察に連絡した。


警官が中に入れたのは、通報して少し時間がたってからであった。

中に入り少ししたのちに、慌てて家から出てきた警官達は、何か連絡をしていた、十分程でパトカーが来ると。

物々しい風景が広がり、私も通報したことから事情聴取をうけた。


静かな日常が騒がしくなった。誰も彼もが私に質問してきた。報道関係の取材もうけていた。ただ、そんな非日常も一時の事であった。

誰が置いたか知らないが、ペットボトルに花が備えられ線香が炊かれていた。


この事件も、薄れていく一つの記憶になるのもそう遠くない、人は忘れてしまうのだから、私は日記をつけた。誰に見せるわけのない、小さな物語を書いた。


あの一家は母親が父子殺し、自殺した心中であった。

母親が父親をナイフで殺したのち、あの子に何も食べさせず、猿轡と両手両足で縛り、死ぬまで押し入れに入れていたとの事であった。その子の死因は脱水症状で死んだそうだ。

その後、母親も首を吊り死んだ。

母親が死んだのが、一番遅く昨日の事だったらしい。

その二日前にその子は、死んだとの事であった。

では、母親の後ろを着いて、ジーと私を見てたあの子は、もうこの世の者ではなかったのであろうか。

少しばかり背筋が凍った。

あれから、四日後の事である。動機が新聞に載っていた。あの子が父親の子でなく不倫相手との間の子だったらしい、そこから別れ話になり殺人がおこったとの事であった


この事件も、薄れていく一つの記憶になるのもそう遠くない、人は忘れてしまうのだから、だから、私は小さな書記にした。誰にも見せない物語だ。


物語の最後に私はこう書く。


これは私の考えだが、父親を殺したのち、気が狂った妻は子供も殺そうとした。(子供のせいで)父親を殺してしまったからだ。しかし、自分が痛みに耐えて産んだ子、父親と同じナイフで殺すのも忍びなく、拘束して餓死させたのかもしれない?


もしかすると、あの子はジーと私の方を見て、気付いて欲しかったのではないだろうか?

消え行く意識の中で、私に助けを願っていたのではないだろうか?

そして、最後口に出たのだ。(・・助けて)と死んだ事で、口を出すことができたのだ。

それに、あの時分からなかった二文字も今は分かる。


・・・ママ・・・


ママ、助けて・・・と私に言っていたのだ。殺されかけていても、心にある愛情が憎しみよりも強く思い浮かべ口に出たのだ。


死んだときに口に出したのは、自分に対してではなく。自殺しかねない最愛の母親を守るために、助けてと私に叫んだのだ。


死んでもなお・・・


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