瞳そらさないで

流々(るる)

夏の風 summer breez

 今年の夏は暑い。

 とにかく暑い。

 陽射しが肌に突き刺さっているんじゃないかと思うくらい、痛いほどに。

 そんな日の午後二時に、女の子を外で待たせるなんて……。

「哲郎ったら、いつもこれなんだから」


 駅前のスタバで待つとLINEしてから十五分。

 やっと哲郎が来た。

「ゴメンな。ランチタイムのお客がいつもより多くってさ」

 高校の同級生だった哲郎は、蕎麦屋の二代目として実家のお店を手伝っている。

「お昼ごはん、食べたの?」

「いや、まだだけどさ。渋谷行くんだろ? あっちで蕎麦食べるから」

 仕事熱心と言えば聞こえはいいけど、デートの度にお蕎麦屋さんへ行くのもなんだかなぁ、って感じなんですけど。

 この頃、特にお蕎麦のことで頭が一杯に見えて……。ちょっと寂しい。

 女子大生は誘惑が多いこと、分かってないでしょ!



 道玄坂のお蕎麦屋さんは明治時代から営業している老舗だそうだ。

 上品な白いお蕎麦で、一口だけ食べさせてもらったら鰹節の出汁が利いた甘めのおつゆで美味しかった。

 って、なんで私までお蕎麦のコメントが出来るようになっちゃってるのよ!

 スイーツとかお洒落なランチとか、LINEに上げたいのに。

 ため息ついちゃう。

「今日は時間は大丈夫なの?」

 気を取り直して、哲郎に聞いてみた。

「うん、今夜は店に出ないから」

「それじゃ、映画の後で買い物にも付き合ってね」


 ディナーもお蕎麦屋さんになりそうだったけれど、丁重にお断りしてイタリアン・バルに。

「ねぇ、夏休み前にした約束、覚えてる?」

「ん? なんか約束したっけ?」

 これだよ。まったくもう……。

「今年は海に行こう、って言ったじゃん。さっき買った水着もその時に着ようと思ってるんだから」

「そうだったのかぁ。それで水着を買ったんだ」

 もう、怒るのを通り越して、悲しくなってくる。

 付き合って二年経つと、こんなもんなの?

 哲郎の中に、私の居場所……あるのかな。


 そんな私の気持ちはお構いなしに、

「それじゃ、来週の日曜に行こうよ。車、借りておくからさ」と、軽い返事。

 ちょっと複雑。



 海へ行く約束の日。

 この日も朝から陽射しが降り注いでいる。

 “約束したから、連れてきたよ”って感じだったら、どうしよう……。

 楽しみより、不安が大きいかも。


「久々に海に来たよ。やっぱ、夏の海はいいな」


 私の不安は思い過ごしだったようで、哲郎も楽しそう。よかった。

 少し強めの海からの風も、火照った肌に気持ちいい。

「なぁ、泉水いずみ

「なに?」

 砂の上に敷いたシートの上で、横になりながら返事をした。

「ちゃんと起きて、こっちを向いて」


 えっ? 何、そのいきなり真面目な声は。

 身体を起こして、哲郎へ向き直る。

「なに?」



「いつまでも、泉水がそばにいてくれると信じてるから」



 あっ……駄目だ。泣いちゃう。





「そば屋だけに、な」

 もう! 一言余計だっつーの!

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