22nd. 決意


〈妖精の庭〉に帰ってきたアンネは、自分の部屋に戻るやいなや、小さなベッドにダイブした。どうやってここまで辿り着いたのか、記憶にない。今日ばかりはダークのお説教も気にならなかった。追い出す気力もなくて、無視をする。

 アンネは突っ伏したまま、目を閉じた。


(大切な人間、か)


 まさか、残虐帝の息子が? そう自嘲してしまう。

 けれど、大切な人間と聞いて、マルティナやレナルド、〈妖精の庭〉のみんなはもちろんのこと、オスヴァルトのことが脳裏に浮かんだのも、また事実で。


(あいつは、家族でも、仲間でもないのに?)


 アンネにとって、それ以外の大切な人はいない。

 友達はいないし、恋人もいない。そもそもアンネがいる世界は、恋人なんて作ってしまうほうが辛い世界だ。

 だから閨でのことを知っていても、アンネは恋というものをよく知らない。それがどんな感情を引き起こし、どんな影響を自分に与えるのか、誰も教えてはくれなかったから。


(マルティナなら、教えてくれるかな)


 この、もやもやとして、頭から離れなくて、突き放されると悲しくて、なのに、もうあんな奴知るかと、どうしてか突き放せない感情の正体を。

 

(はっきりさせたい。そしたら、もうこんな悩まなくてよくなるはず)


 そうと決めたら、アンネは身体を起こした。今日は休みだったからよかったけれど、明日はまたエルフリーデとしての仕事がある。依頼をもらって、仕事をして、ばんばん金を稼ごう。冬は間近だ。孤児院も、冬の支度のために、お金が何かと入り用だろう。

 やる気を見せたアンネだったが、そこで出鼻をくじかれる。


「「だいりにーん!」」

「ぶっ」


 背後から妖精に突撃されて、再びベッドにダイブする。ダイブ先が床だったら、アンネは間違いなく「おい!」と怒っていた。無邪気もたまには面倒くさい。


「代理人、誤解だったよ! だからあれ、もう一回探してあげてっ」

「ね、ね、探してあげて」

「……」


 背中の上をぴょんぴょん飛び跳ねられて、起きるに起き上がれないアンネだ。やっぱり、無邪気もたまには苛ついた。


「ねーえ、聞いてるの、代理人」

「聞いてる。だからまずは人の上からどいてくれ」


 文句を言うと、妖精たちは今気づいたように、アンネの上からどいた。


「で? 何が誤解だって?」

「だーかーらー、オスヴァルトだよ。オスヴァルトは誤解で嘘だったんだ!」

「意味が分からん。そもそもおまえたち、あの男にちょっと肩入れし過ぎじゃないか?」


 いくら妖精の愛し子といえど、ここまで妖精が一人の人間に関わろうとするなんて、なかなかないことだ。彼らは気ままな生き物である。


「だってね、オスヴァルトはこの国を良くしようとしてくれてるんだ。皇帝と違ってね」

「皇帝は嫌いだよ。怖いもの」

「そーそー。この国は、僕らの仲間もたくさんいるでしょ。人間に紛れて、人間のように過ごしている仲間もいる」

「それにね、妖精は争いを好まないじゃない? あの皇帝は分かってないんだよ。ここが、この国が、人間たちだけのものじゃないってこと」


 ――このままじゃ、王様が目覚めてしまうよ。

 珍しく神妙な面持ちで、彼らは恐々と言った。彼らの言う"王様"とは、妖精王のことだ。

 実は、はるか昔、エルディネラと隣国のツェルツェは、元は一つの国だった。妖精と人間が共存していたのだ。

 しかし時は流れ、共存ができなくなり、妖精はエルディネラ側に、人間はツェルツェ側に分かれた。今の皇城が元は妖精王の御座す城だったとは、今ではもう妖精たちとマルティナしか知らないだろう。

 さらにそこからまた月日は流れ、人間たちは、妖精から土地を乗っ取ろうと戦を仕掛ける。争いを好まない妖精たちの半分が、妖精界に逃げていった。代わりにこのとき立ち上がったのが、妖精と人間のハーフだったのだ。そのハーフこそ、初代エルディネラ皇帝である。

 初代皇帝と妖精王は、友人関係だったらしい。だから、友の窮地に、皇帝は立ち上がった。そして、誰にも支配されない国を造ろうとした。

 やがて初代が亡くなると、妖精王は後を彼の子供に任せ、妖精界に引っ込んでしまう。

 以来、王は眠り続けている。王の眠りを邪魔すれば、災いが起こると妖精たちは言う。

 

「妖精界とここは繋がってるからね。あんまりうるさくしちゃうと、妖精界にも影響が出てしまうんだ」

「だから王様が起きちゃうの」

「というか、なんで寝てるんだ?」


 アンネの素朴な疑問に、妖精は互いに顔を見合わせた。そして、


「「さあ? 知らなーい」」


 あっけらかんと答える。アンネは思わずずっこけそうになった。


「知らないっておまえら……」

「だってずぅーーっと眠ってるから、もう忘れちゃった。お寝坊さんなのかな?」

「そうかも。王様はお寝坊さんなんだね」


 真面目な顔をして頷く。妖精王がかわいそうに思えたのは、はたしてアンネだけか。


「とにかくね、オスヴァルトがいいんだ。彼ならなんとかしてくれるよ。そんな気がする。ただ、僕らのこと視えないのは、ちょっと悲しいね」

「うん、視えたらよかったのにね。そしたらもっと早く、あの指輪は偽物だよって伝えられたのにね」


 うんうん、と二匹の妖精が頷き合っている。が、ちょっと待てとアンネは言いたい。


「指輪が偽物?」


 どういうことだ? とマイペースな妖精たちに尋ねた。


「知らないの? オスヴァルトが見つけた指輪は、偽物だよ。だってあれ、王様の気配がしないから」

「うんうん。皇帝とオスヴァルト、あともう一つ別の気配がするだけだね。誰かは知らないけど」

「ち、ちょっと待ってくれ。それは確かなんだな? 間違いじゃないんだな?」

「「間違いじゃないよ!」」


 自信満々に言われて、アンネは混乱した。どういうことだ? ともう一度内心で思う。だってオスヴァルトは、そんなこと一言も言わなかった。


「あいつは知ってるのか?」

「オスヴァルト? 知ってるよ」

「でも誰から聞いたんだろうね?」


 妖精ぼくたちのことは視えないはずなのにね、と妖精が続ける。楽天的な彼らと違って、アンネは愕然とした。


「でもアルミンが、他の妖精が反応したんだぞ? わたしの薔薇も、あの指輪に……」


 と言いかけて、アンネは気づく。自分の薔薇は、妖精王の気配を辿ったわけじゃない。白薔薇は、オスヴァルトの気配を辿ったのだ。目の前の妖精は、その指輪に皇帝と知らない人物、そしてオスヴァルトの気配がすると言った。

 

(本当に、どういうことだ……!)


 そもそも、偽物も何も、アンネが見つけたあの指輪は、オスヴァルトのものじゃなかったのか。それがどうして偽物なんかが出てくる羽目になっている? わけが分からなくて、整理しようにも、情報が少なすぎた。

 ただ、結果だけを見れば、アンネは失敗したと言える。


(ああ、だから)


 だから、彼はアンネを見限ったのか。噂と違い使えないと判断して。

 だから、依頼を終わらせた――?


「ふ、ふふふ」


 アンネから不気味な笑みがこぼれる。


(なるほど? あいつのくせに、舐めたことをしてくれる)


 アンネの瞳の奥で、炎がゆらりとちらついた。


「わたしとしたことが情けない。依頼を失敗したまま終わらせるなんて、エルフリーデとしての名が廃る」

「じゃあ探してくれるの⁉︎」

「ああ、探す。必ず本物を見つけてやる」


 アンネは闘志の滾る目で、城のある方角を睨む。脳裏に浮かんだのは、掴み所のない、いつもの無表情な彼だった。


「このまま終わらせてたまるか。なにせわたしは、負けず嫌いなんだ」


 そう、いつかのおまえにも忠告したはずだと、アンネは内心で付け足した。


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