#36 Элмил 《戦いの時》
なだれ込んでくる黒ずんだ塊はよく見ると人の形をしていた。片腕や片足を失っているものも居る。人の形をして人ではなくなった者たちであるということが直感的に理解できた。
「シェオタルの未来はあたしたちの手の中にある。お前らのような極東に洗脳された人間とは格が違うんだ!」
クリャラフは左手を俺たちの方に延べる。人の形をした黒ずんだ塊はそれに従うように俺たちの方へと向かっていっていた。理沙は大剣のようになっていたアホ毛を振るって向かってくる全てをなぎ倒していた。その瞬間、クリャラフのリボルバー拳銃の発砲音が聞こえた。
俺の耳の脇を掠めた銃弾は真後ろに貫通する。耳鳴りのするのを抑えながら、自分の無事を安心していた。しかし、クリャラフはにやけていた。
「外れたか」
「なっ……!」
理沙も俺も銃弾が向かった方を振り返って目を剥いて驚いていた。暗証コード入力システムの真横の金属に銃弾がめり込んでいた。彼女は入力システムを破壊して、自己消滅プログラムの起動を狙っている。その事実が俺の心の中に焦りを呼び起こした。
クリャラフはリボルバーで突っ立っている俺を銃撃し続けていた。気付く間もなく、理沙のアホ毛に全ての銃弾は弾かれる。
「デスクの後ろに隠れて、クラン君!」
理沙の叫びに生理的に体が反応してデスクの後ろへと身を隠すと、彼女もこちらに飛び込んでクリャラフの気配を見るように背後を一瞥してからこちらに向いた。その顔は戦いを覚悟していた。
「ボクが戦う、君はここに隠れてて」
「一人じゃ無理だ!」
俺の強い静止にもかかわらず、理沙はデスクの下から飛び出してクリャラフに立ち向かっていった。剣戟のような響きが何度も繰り返し聞こえる。続いて聞こえたのは獣のような咆哮であった。クリャラフのリボルバー銃の装填の方法がシリンダーを振り出して、銃弾を一つづつ入れる方法だった。その装填のロスタイムを補うために『シェオタルの血統』で人の形の怪物を理沙に向かわせているのだろう。
「来ないでよ! きゃっ!」
背後から倒れる音が聞こえる。振動が尻込みしている床から感じた。床の繊維を引きずるような音が聞こえる。倒れたまま後退る理沙の姿が脳裏に浮かぶ。荒い息遣い、何かにぶつかる音でその摩擦音は止まった。
「お母さん……助けて……」
恐れで我を忘れたような小声がはっきりと聞こえる。何故か。デスクを隔ててクリャラフ側に理沙が背中を付けていたからだった。彼女の心臓の脈動も直接背中に感じるほど近かった。
だが俺は何も出来ない。怪物を取り除けたとしても、クリャラフに撃たれれば殺される。
「くそっ……なんでだよ……」
自分はいつも無力だった。気づかぬうちに姉が奪われたのも、理沙が来るまでシェオタル語と文化を人々に広めようとすることもして来なかった。誰かに引っ張られて、俺の人生は動いていた。自分の力ではなく、全て他人の力だった。
でも、今何もしなければ理沙が死んでしまう。彼女が死んでしまったら、俺は戦い続けることは出来ないだろう。そんな未来を受け入れることは出来ない。自分が無力でも、彼女を守りきってみせる。その選択がどれだけかバカバカしくても、
デスクの下から机の上面を持って飛び出るように前に乗り出す、その反動で理沙に手を触れようとしていた怪物を蹴り飛ばした。周りの怪物達も俺の存在に気づいて近づいてくる。その物量に普通は飲み込まれるはずだった。しかし、その怪物達に俺は手を翳した。昔、姉から聞いた伝承に出てきた英雄たちと同じように、脳内で想像した戦場に立つ彼らの容姿を真似して手を翳す。すると、差し伸べた手が青白く光った。
「
クリャラフが驚いた様子で言った瞬間、青白い光は弾け飛んだ。目の前の怪物は吹き飛ばされてクリャラフのほうに絡みつくようにくっつく。クリャラフはあたってきた怪物を自分から引き離そうとして、掴みどころのない粘土のようなそれを掴むのに苦労していた。不気味な粘着音がクリャラフが脱そうと藻掻くたびに聞こえていた。
周りの安全を確認し、理沙に近づく。
「大丈夫か、理沙?」
「……大丈夫、クラン君は下がっててって言ったのに」
一見して怒っているようにも見えた彼女を、俺を手を持って引っ張り上げた。依然、怪物はこちらに迫りきていた。今度は理沙がアホ毛を使って全て薙ぎ飛ばしていった。しかし、研究室に入ってくる怪物の量は留まるところを知らなかった。指令を発しているクリャラフを倒さなければ、対処のしようがないのだろう。
「これごときで死ぬかァ!」
粘着していた怪物を切り裂くように振り切って、クリャラフは拳銃に再度銃弾を装填し始めた。新手の怪物も更にこちらに向かっていた。
「理沙、こいつらを宙に上げろ!」
理沙は俺の指示に言葉で応えることもせず、ただ行動でそれを示した。目の前の怪物達は一斉に彼女のアホ毛に足をすくわれて宙を浮く。クリャラフは俺の目論見に気づいたのか、拳銃をこちらに向けるがもう遅い。
その一瞬を俺は逃さなかった。浮かんだ怪物達に向けて手を翳す。青白い光が怪物達に向けて弾け飛んだ。
「吹き飛べえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!」
轟音とともに一斉に怪物達が全面に重力があるかのように叩きつけられた。全ての怪物達が床に落ちると、研究室には静寂が訪れた。
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