#7 Канти шэоталавирлэ плаш 《シェオタル語を教えてください》
「ボクにもシェオタル語を教えてほしいんだ」
真面目で意気のある声、血色の良い顔がこちらを見つめていた。俺と三良坂は向かい合わせに座っていた。俺の目の前にはカップ麺、三良坂の手元にはミューズリーバーがあった。
「何の冗談だ、お前極東人だろ」
「馬鹿にしてなんか……さっきの話を聞いてボクも手伝ってあげたいって思ったんだよ」
「教えるって言っても、俺は他人に教えたことは無いし……」
「別にいいじゃん、学校の勉強を教えるようなもんでしょ?」
話の合間にカップ麺を啜る俺を、三良坂は乞うような顔で見ていた。シェオタル語を他人に教えることにはあまり興味が持てなくて、方法を調べたりするようなことはしてこなかった。極東人もシェオタル人も殆どシェオタル語に興味がない現状、教えることにやる気が持てなかった。
「教えるのは良いが何に使うつもりだよ」
「キミの最後の目標は、瀬小樽語を瀬小樽の人にも、極東の人にも認知してもらうってことでしょ」
「まあ、そうだが」
三良坂の話にあまり興味がなくて、テーブルにあるリモコンを取る。電源を入れたテレビには端切れのようなCMの後にワイドショー番組が映った。エンタメ界では有名な司会者が専門家に話を聞いている途中のようだった。『国際テロ専門家』とかいう肩書の胡散臭い男が、毒にも薬にもならないことを真顔で話している。
右上には『駅構内でプラスチック爆弾発見』という文字が題材に似合わないポップなフォントで並んでいた。そこでやっと俺は今朝の駅員の話を思い出した。一番最近の遺失物はプラスチック爆弾だったという話だ。どうやら何者が、何のために駅にプラスチック爆弾を設置したのかはまだ分かっていないようだ。
そうこうしていると、三良坂の顔が視界を遮った。聞いてよとばかりに不機嫌そうに眉間を寄せた顔がいきなり現れて、目の焦点が合わなくなった。彼女は視界の前に現れようと椅子から無理に身を乗り出していたようで、体勢を崩してそのまま横に倒れてしまった。その拍子に手に持ったミューズリーバーのチョコレートコーディングが彼女の左頬に線を引いてメイクする。
「あっちゃあ……」
「全くしょうがない奴だな、動くな」
席を立って、ハンカチを取り出して頬についたチョコを拭きとる。三良坂は赤面して硬直していた。照れ笑いしながら起き上がって席に戻る。
「あ、ありがとう……」
「それにしても、何でそんなにシェオタルなんかに熱心なんだ?」
ため息を一つ、落ち着いて彼女を見据えて話す。
ただ頬を拭いてあげただけなのに、彼女が赤面しているのを見ているとこっちまで恥ずかしくなってくる。まるで調子が狂いそうになる。真面目に元の話の流れに戻そうとそう問いかけた。
実際極東人にとってはシェオタル語など理解する利益などない。俺のような物好きに好まれるような利益はあるだろうが、少なくとも金は産まない。極東はおろか、国連や外国にシェオタル語を使うような人間や団体はない。そんな言葉に目を向ける人間は少数だ。
「極東人と瀬小樽人が手を取り合って、お互いの文化を認めあって暮らせる社会をボクは作りたいんだ」
「理想的な世界だな」
三良坂はミューズリーバーの包み紙を一本結びしてテーブルに置く。喋りながらの動作だったので無意識にやってしまう彼女の癖なのだろう。俺の相槌を聞くと、先を続けた。
「だけど、そんなボク自身が瀬小樽のことを何も知らなかったなんて最悪でしょ?だから、ここを来ることを選んだの」
「選ぶことができたんだな」
「まあね。それで君に出会って、まず最初に瀬小樽語を勉強しようと思ったんだ」
確かに筋が通っていると思った。彼女は自分の理想を実現するための一歩としてシェオタル語を学び、俺は極東人にシェオタル語を認知してもらえる。目的地は交錯しているから、もしかしたらシェオタルを復活させることができるのでは無いだろうか。それにしても、俺は一つ彼女の言い方に気になるところを感じていた。
「それじゃあまず、最初に教えておくことがある」
「えっ! なになにー?」
暖かい日の光がリビングテーブルに差している。身を乗り出して、興味津々に尋ねる三良坂の目は輝いていた。なにか興味深い伝承でも言うのだろうと期待するその表情を、俺は何か心苦しいものを感じて直視することが出来なかった。
「瀬小樽じゃなくて、シェオタルって言ってくれないか?」
「え……? 何が違うの……?」
俺はまた一つため息をついた。
背後にあるノートパッドから一枚ノートを引きちぎり、その横にあったペンで文字を綴る。「瀬小樽」と「
「極東のことをファーイーストって一々言われたら変な気分だろ?」
「まあ……確かに?」
三良坂は納得してくれた。しかし、これは半分嘘で本当は極東人の名前で自らを呼びたくなかったからだった。この土地の精神を彼らの名前で言われるのはなんだか気に入らなかった。俺がほぼ日用するのが極東語であっても、人にそれが認められなくても叛逆し続ける最終ライン。分かりづらくてもそこには俺のプライドがあった。
「じゃあ、ちゃんとお願いするね」
「ちゃんと?」
いきなり何を言っているのかと思ったが、彼女は大真面目なようでかしこまった顔で身を正した。
「ボクにシェオタル語を教えてください!」
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