第8話 色の白いは七難隠す

「これにて、第72回文化祭を終了とします」


文化祭は恙なく進行した。あおいさんのおかげでかるた大会は大いに盛り上がり、香音先輩の活躍もあって片づけもすぐに終わった。何の問題もなく終わったことに関しては、少しの寂しさを覚えるが、それにしても先輩方二人合わさると、そつなくこなせてしまうので不可能なことなんてないんじゃないかと思わせられる。


「そんなことないよ、雄ちゃんだって頑張っていたじゃない」

「そうですよ、準備とか案内とかビラ配りとか」

「ありがとうございます。それにしても、あおいさんの盛り上げ方はすごいですよね。どこで教わったんですか?」

「いやあ、それほどでも。特に教わってはいないけれど、でもみんながこの時を楽しいと言ってくれたら嬉しいじゃない?そのためには、こういう盛り上げ方が良いのかなって」

「さすがですね、あーちゃん」

「ありがとう、のんちゃん」


「そういえば、クラスの方はどうだったんですか?」

「私たちは、ほとんど関わっていないからね。よく分からないや」

「僕も同じです」

「いやあ、でも終わったなぁ」

「高校生活最後の文化祭ですものね」

「ということは、先輩方も卒業ですね」

「まあ、と言ってもやることはないし」

「受験勉強も兼ねてまた来ますよ」

「少し寂しいですけれど、そうして頂けるとありがたいです」

「あれあれ、もしかして好きに?」

「なってません!」

「別にいいのに、雄一君」

「からかわないでください!!」

「はいはい、分かりました」


刹那。

大きな音と共に、あおいさんは片づけ終わった部室の床へと倒れこんだ。


「あーちゃん?」

「あおいさん?」

「……い、いやあ、今日は疲れちゃったのかな……ははっ」

「……まさか、あーちゃん!」

「え、いやいや違うよ、そういうことじゃないよ」

「いや、絶対にそうです!今すぐ救急車を」

「本当に、大…丈夫だから……」

「あおいさん、無茶しないでください!とりあえず保健室行きましょ、ね?」

「……ごめんな」


人ひとりおんぶするには、彼女はいささか軽かった。それはもう、さながら羽毛布団のようで、暖かく、とても病人とは思えなかった。


「本当に、文化祭で興奮したんですかね?」

「……ごめんなさい。雄一君、後はお願い」

「分かりました!」

「よろしくお願いします」

「あおいさんに礼儀正しくされると、少し笑えますね」

「笑うな!」

「じゃあ、しっかり捕まっていてくださいね」


保健室は、この棟の1階なのでそこまで遠くはないのだが、下りるためには階段を使わなければならない。いくら軽いとはいえ、少し辛い作業である。

しかし、そうはいっていられない。何しろ先輩の緊急事態なので、弱音は吐かずに行く。


「それにしても、あおいさん。鼓動速くないですか?」

「そうかな?これが普通だと思っているから、特に興奮するとね」

「そうですか」

「…雄ちゃん」

「何ですか?」

「卒業しちゃったら、寂しい?」

「そりゃそうですよ。たった一年ではありましたが、それなりに楽しかったですし」

「そっか、寂しいか」

「あおいさんがいなくなったら、部活の楽しみも減りますし」


空気を重くしたくないという気持ちも確かにあったが、それよりも本音の方が近い発言に、あおいさんは、優しく微笑んだ。


「……大好きだよ」

「……僕もです」

「そういうことじゃないんだけど……」

「え、じゃあ、どういう……え?!」

「ふふっ、可愛いなぁ、雄ちゃんは」

「……もう、からかわないでください!」

こう言うやり取りも、あと半年だと思うと、また寂しさに苛まれる。


「私ね、病気なんだ。正確に言えば、悪魔の呪いってやつ?」


立ち止まらずにはいられなかった。あと14段降りるだけなのに、それすらもできないほどに、度肝を抜かれた。


「…と言いますと?」

「なんかね、難病だって言っていたかな?」

「…どんな?」

「血管の中には、赤血球とか白血球とか血小板とかあるじゃない?」

「ええ、生物はというか、理科系は苦手ですが、それくらいは覚えています」

「それらが、全部溶けちゃうんだ」

「……原因は」

「それが、分かんないんだって。どんな薬を使っても、結局体温で溶けちゃうんだって」

「そんなことって」

「実際起きてんだから、仕方ないじゃない。私だってびっくりよ」

「それじゃ、今までよく生きられたって感じなんですか。不謹慎ですけれど」

「そうなんだよね。どうやら、血流に酸素をとりこんで、ぎりぎりで生きていたみたい。奇跡だと思うよ」

「……なんだか、先輩らしいですね。ぎりぎりを全力で生きている感じ。自ら崖のすれすれまで行って、往復ダッシュする感じ」

「……おい、私を何だと思っているんだ」


時折聞こえるあおいさんの鼻から空気が抜けた微笑みの音が、徐々に鼻水の混ざった音となっていった。


「……それは、治るんですか?」

「ううん。今の技術だと無理……かな」

「あおいさんと、香音先輩が理系に進んで、いずれ医者を目指している理由って」

「それも……あるかな」

「……、少なくとも卒業まではいますよね?生きてますよね?」

「……もちろん」


色の白いは七難隠すという言葉は、本来皮肉的に用いることが多く、彼女のような美人にはあまり用いられない言葉であることは、ことわざ研究部である僕は十分に把握している。


しかしながら、どうだろうか。


七難というのは、ただ卑しいとかという意味ではなく、ハンディキャップという見方も取れるのではないだろうか。

無条件に褒めるということは、その人に関わろうとしないことを意味する。

可愛いと褒めれば、それ以上の干渉をしなくなる。ただ鑑賞するだけになる。


その子が、感傷的になっていることも知らずに。

その子が、辛いことにも気づけずに。


病気でも、非常識でも構わず、ここにいればいいなどという無責任なことを言う。

そうやって、その人の居場所を奪う。

気付かずに、気づかぬふりをして、僕たちはただ傍観していた。

弥倉あおいは、病魔に蝕まれていたというのに。


一番近くにいたはずの僕が気づけなかったのは、それでも彼女が気付かないでほしいと願ったからなのだろう。

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