第6話 一寸の虫にも五分の魂
「あ、蜘蛛だ」
パンッ
見つけてから倒すまで、3秒もかかっていなかった。
「あ、ねえ!どうして殺すんですか!」
「なんでって、のんちゃん。だってこいつは虫だし」
「虫は無視って教わりませんでしたか?」
僕はその名言を知らなかったので黙ることにした。
「でも、襲われたらどうするんだよ!」
「蜘蛛は大抵何もしなければ無害です」
「いいや、違うね。私の前に現れたという時点で被害を与えている。だから、叩かれて然るべきなんだよ!」
「あーちゃん、一寸の虫にも五分の魂って知りませんか?」
「あー、うん。聞いたことある」
僕の経験則で語らせてもらえるなら、この反応をするあおいさんは9割がた聞いたことがない。
「そういう風に攻撃的な態度をとると、蜘蛛界に知れ渡って、攻撃されちゃうんですよ」
「……え、マジ?」
「うん、大マジ」
「……マジか、それは悪いことをした。供養してあげなければ」
「それが良いと思いますよ」
「じゃあ、少し外に行ってくる。墓を作ってやる」
ティッシュでくるみ、あおいさんは部室のドアに手をかけた。
「優しいですね、あーちゃんは」
「それくらいは、してあげなきゃいけないだろう? 一寸の虫にも五分の魂なんだから」
「そうだね」
あおいさんは、すぐに部室を出た。それなりに遠いのに、よくもまあ行くよなあ。
「香音先輩、まさかあなた本気で言ってませんよね?」
「当たり前ですよ、私をおこちゃまだと思っているんですか?」
「それだと、あおいさんがおこちゃまみたいなんですけれど」
「彼女は、純粋なんですよ。子供よりも、ずっと」
「そうなんですか」
「だから、イジリがいもあるし、守ってあげたくなる」
「確かに見守っていたいなとは思います。何しでかすか分かりませんし」
「あらら、雄一君、もしかして好きになっちゃった?」
本当にこの人は、いじらしい笑顔が得意だ。
「え!?いや、別にそんなんじゃ」
「うふふっ。まあ、まだいいですけれど。その時になったら、ちゃんと彼女を守ってあげてください。彼女の夢を、守ってあげてくださいね」
刹那、彼女は少しだけ上を向いた。
それは注意深く見ていないと分からないほどに微々たる動きだったが、僕にはそれが鮮明に映った。
「……どういうことですか?」
「いつか分かりますよ。まだ、その時ではありませんから」
「はあ」
勢いよくドアが開き、あおいさんが帰ってきた。
「たっだいま!」
「おかえり~」
「おかえりなさいです」
香音先輩の瞳が少しばかり潤んでいたことは、秘密である。
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