第2話 大山鳴動して鼠一匹

大山鳴動して鼠一匹ということわざをご存じだろうか。ここまで言葉の意味通りのことわざも少ないと、僕のような凡愚は思ってしまうのだが、その言葉通りの出来事があった時点で、もしかすると僕は非凡な存在なのかもしれない。


否、よくよく考えてみれば、そんな特別な存在では全くなく、何故ならどうしてそう感じてしまうのか言うと、このことわざの意味するような出来事はいくらでも起きていて、その時点でこの言葉を知っているか知っていないかで意識が違ってくるというからくりなのだろう。


ともあれ、ゴールデンウィークを翌日に控えた、4月の終りのことである。

とりあえず、僕は一通りの授業を真面目に受け、終業のチャイムをしっかりと聞いたうえで部室に移動していた。


教室から部室までは、そこまで遠いわけではないが、別の棟にそれぞれ属しているので、歩かなければならない。そして部室に行くには、必ず通らなければならない廊下があり、その廊下には、それぞれの部活についての掲示がなされている。じいっと見ていると、背後から何かしらの足音が聞こえる。その足音は次第に大きくなり、その音が自分に向いていることが、後ろを見ずとも察知できた。だから怖がることはないし、誰が来たのかということもしっかりと把握していた。


「あ、あおいさん、どうしたんですか?緊急事態みたいな顔していますけど」

「聞いて聞いて、かわいこちゃんランキングが、大変なことになっちゃうよ!!」


かわいこちゃんランキングなどという寡聞にして、いや多聞にしても聞かないような名詞に首をかしげざるを得なかったが、聞いているとどうやら男子がつけているクラスの女子の番付のようなものらしい。


そんな男子の、女子から見ればはしたない、低俗な遊びにまで首を突っ込むあたり、さすがあおいさんと言える。


「あおいさん以外にもバレたんですか?それで、そのランキングは消滅とか?」

男子の独断と偏見で格付けされたものなんぞ、それこそあおいさん以外は認めないだろうし、即刻懸案事項だろうと予想されるが、意外や意外そういうわけではないそうだ。

「何言ってるの?うちの警備は万全だよ。クラス一の秀才と、フットワークの軽い男子二人で、厳密に保存されてるから、絶対バレることはないよ」

じゃあ、どうしてあおいさんにはバレたのかという疑問を投げかけたくなる気持ちを抑えて、もう一つの質問をした。

「じゃあ、何がそんなに大変なんですか?」

「私が、1位じゃなくなっちゃうんだよ!!」

「……へ?」

「だーかーらー、私が一番じゃなくなっちゃうんだよ!!」


確かに、クラスで一番かと言われれば少しクエスチョンマークが浮かぶが、それでも綺麗な方の部類である。性格や態度、言葉遣いは現代人っぽいが、その風貌はまさしく大和撫子という感じだ。しかし、この人別に可愛い方じゃないと思うんだけどなあ。


「どうしてそんなことに?」

転校生だろうか。

「同じクラスに、芥子菜からしなさんっていう子がいるんだけどね、その子はすごく地味で、クラスでもあまり発言しないような子なんだよ」

「クラスには、大抵いますよね。そういう子の方が意外と頭良かったり」

「そうそう。それでね、その子最近本の読みすぎって言ってて目が悪くなっちゃったの」

「まあ、よくありますね。僕の場合は遺伝ですけど」

「それで今日、ついに眼鏡をかけてきたの。そしたら、めっちゃくちゃ可愛くて!!」

「眼鏡で印象変わる人、結構いますしね」

「そして、さっきの二人が『順位変えるべきじゃねえのか?』とかって話していたの……」


ううっとうなだれる彼女。あの、ここ廊下なんですけど…


「ねえ、どうすればいいと思う?」

「いや、知らんがな」

「なんでよぉ」

「別に、皆と比べなくてもいいんじゃないですか?とりあえずその二人から一番の称号を授与されているわけですし」

「……そう、かな?」

「そうですよ。というか、それくらいのことで騒がないでください」

「……ありがとう。ち、ちなみにさ」

顔を赤らめながら、彼女は言った。

「雄ちゃんはどう思ってるの?」

「別にどうも」

「し、辛辣だなあ」

「じゃあ、行きましょう。部活です」

「はーい」


言えるわけないでしょ、まったく。


大山鳴動して鼠一匹。散々騒いでそんな事かよというのが、このことわざを最も端的に、あるいは雑に表しているし、それが今感じた僕の気持ちだということは、態度で示しとこう。

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