僕と君の述懐記
三河安城
第1話 思い起こし
「……坊ちゃん仕事はどうだい?」
「もう25ですから、坊ちゃんはやめてください!!」
「ああ、わりい。でも、そっちの方が呼びやすいからなあ」
「そうですか……。仕事は順調ですよ。良い先輩もいますし、大きな失敗もありません」
「そうかい、そうかい。そーなら良かったぁ」
「ああ、もうおじさんのみ過ぎですってば。顔真っ赤ですよ」
「いいんだいいんだ。今日は大みそかだぞぉ?美味しい料理にみんなで宴。飲まねえわけにもいかねえだろう!?」
「まあ、そうですけど」
空から舞い降りるように優雅に降る雪が、地面に触れることで優しく溶けていく。
今日は12月31日。僕こと、
と言っても、彼女は決してガールフレンドという意味での彼女というわけではなく、幼馴染と言えばわかりやすいのだろうか、しかし幼い頃からの付き合いでもないという微妙な関係なのだ。僕は文系で、彼女は理系だし、目指す大学も学部も全く違った。家が近所ということでもないし、ではなぜこういうことが起きているのかというと、これは彼女の家の方針とだけ伝えておこう。一つ合っていたことは、せいぜい部活だったということくらいだ。
『ことわざ研究部』
ことわざを現代版にアレンジしたり、ことわざが生まれた経緯を捜索あるいは創作したりする僕たちの部活は、人数が限りなく少ないのに加え、目立った実績を挙げられなかったので、僕の卒業と時期を同じくして、高校からなくなってしまった。
彼女は僕の2つ上で、結局彼女とは一年間しか会えなかったが、僕が生きていた中で最も濃密な一年間だと言ってもいいだろう。
「久々に、思い出しちまったみたいだな」
「今日みたいな日は、あまり思い出す気になれないですけど」
寂しさのあまり、少しばかり涙があふれそうになるのだ。
「今日みたいな日だからこそ、思い出すんじゃねえのか?ほら、酒だ酒だ」
炬燵のぬくもりがなお一層心を寂しくさせる。
甘酒の甘さが心にしみる。
テレビでは国民的な番組が毎年のように流れている。
知らない人の、知らない歌にまで僕は涙を流しそうになるが、そこはこらえて彼女の話をしようと思った。
「なあ、聞かせてくれよ。俺らの娘の学校生活をさ」
「ええ、思い出す限りすべて、語りたいと思います」
そうだ、幸いにもホワイト企業に勤められたので、向こう三日は休みだ。
時間を気にせず、ゆっくりと話そう。
彼女との時間を、濃密なひと時を。
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