燈火

第60話 エピローグ ①

「どけ! 通してくれ!」


 おれは人だかりを掻き分けながら広場の中心へと走った。場の雰囲気から察するに決着がついたのだろう。そして、おそらくカレンシアは負けた……だがニーナはまだ近くに居るはずだ。命の灯さえ消えていなければ、王宮の祭壇で命だけは助けられるかもしれない。


「フィリス! 待て! 待ってくれ!」


 しかし、懇願と共に中央へ躍り出たおれの目に映った光景は、予想とは少しだけ配役を変えていた。


「ロドリックさん!」


 おれの姿を認めるなり、抱きついてきたのはカレンシアだった。


「もしかして、勝ったのか?」


 おれは涙を浮かべるカレンシアと、その奥で数人のギルド職員に介抱され、横たわっているフィリスを見比べながら言った。


「そうですけど、もしかしてってどういうことですか? 信じてなかったんですか」


 おれの口ぶりに頬を膨らませるカレンシア、おれは言葉で取り繕うより先に、強く抱きしめた。おかげでカレンシアはすぐに黙った上に、おれが目を離した隙に何が起こったのか、じっくりと観察する時間もできた。


 おれはカレンシアの頭を撫でながら、倒れたフィリスを見ていた。これといった外傷は見られず、意識を失ってはいるものの息はあるようだ。杖代わりの細剣は、少し離れたところに転がっていた。細剣からは微かに湯気のようなものが立ち昇っている。それが氷霧だと分かったのは、巨大杖に滴る水滴に気づいたからだ。

 何かが起こった。おれは直感的に第3者の介入を疑った。


「ちょっと、苦しいです。それになんか恥ずかしいですよ、こんな人前で」


 おれはぐずるカレンシアの頭越しに、周囲を見渡していた。いったい誰だ? カノキスは忙しそうにフィリスの救護にあたっているし、スピレウスは他のフォッサ旅団のメンバーと勝利の喜びを噛みしめている最中だ。他に怪しい奴は……。


 おれはハッとして後ろを振り返った。階段の上、柱廊の柱の間、キルクルスのリーダーがおれの視線に気づき、右斜め上を指さした。その方向を辿ると、ある建屋の窓の奥に、見慣れた人影が立っていることに気が付いた。


「カレンシア、ギルド職員か、フォッサ旅団の仲間たちと一緒に、先にキャンプへ戻ってろ」


「え? なんですか? どうしたんですか急に」


 おれは応えるのもそこそこに駆け出した。ニーナを置いて、次はカレンシアを置いて、そうしておれは結局、誰を追いかけ、どこへ向かうというのか。


「おめでとう! 女たらし」


「おい守銭奴、次はお前が戦え!」


「金返せクソ野郎!」


 罵声とも激励とも取れる群衆の言葉を掻き分けながら、建屋の階段を上り、妙にギシギシ鳴る廊下を進み、外から確認した窓がある部屋の扉を開けた。


 漆喰の壁と、くすんだ木造の床、妙に優しい雰囲気のエーテルが満ちる、小さな一室だった。右手にはベッドが、部屋の奥には窓があり、うすいレースのカーテンが僅かに揺れて作り物の太陽から差す光が漏れていた。


 ここには誰もいない――。


  一足遅かったか、おれは窓辺に立ち、零れた痕跡を探そうと身を乗り出した。


「おや? 誰を探してるのかな?」


 後ろから突然声を掛けられ、驚き窓から落ちそうになるおれの手を、その女は慌てて掴むと、大口を開けて笑った。

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