第3話

 ソウル生まれの韓国人パク・ヨンスは、大学卒業後に日本へ渡り、西新宿のアパートの一間を借りて、韓国料理屋でアルバイトをする傍ら日本語学校へ通った。


 一年するとひょんなことから鍵に興味を持ち、新しい鍵の特許を取るための勉強を始めた。のめり込んだらとにかく突き進む、猪らしい性質を持つパクは、独学ながら次々と技術を習得していった。ところが知識と技術が身につくと、つい応用したくなる。自分の部屋の錠で合鍵を作っていたのに飽き足らず、見知らぬ家の錠で試すようになった。


 もっぱら一人暮らしの女性を狙い、深夜なにくわぬ顔で侵入して、眠っている女性の目と耳を塞ぎ縛りあげる。暴行を加えたり性的行為に及ぶことはなく、刃渡りのあるナイフの冷たいブレード部分を女性の頬に当てて、肌を傷つけないよう繰り返し滑らせながら、「叫べば殺す」と三分間続けて耳元で囁く。それから塞いでいた口を開放して恐怖にわななく女性と話をする。


 話の内容は相手の出生地から始まり、学歴、趣味の履歴、家庭環境、職務の内容、身体の寸法、交際した異性の数、生活パターンを質問する。それから相手に見合った話題と、まるで興味をもたないであろう事柄を織り交ぜて答弁させる。


 日本の政治経済について訊ねたかと思うと、ミツバチの生態について聞き、日本の農作物の展望について訊ねる。それから死についてどう考えるか訊ねると、一年間に爪を切る回数を聞く。対比する対象を問い続けると思いきや、唐突にまるで関係のない事を問い始める。そうかとおもうと関連する事項を順に追っていくこともあり、また急にまったく別の物事について訊ねてから質問が元に戻ることもある。哲学から糞便、経済、美容、スポーツ、風俗、気象、数学、芸能、行楽地、ゲーム、等など、学識のある人間が好む堅苦しい話題から、一般大衆に浸透する世俗な出来事まで幅広く質問する。女性の答えに対し「そうか」と区切るだけで、自らの考えを一切述べることはしない。


 質問に対して過剰な推測を巡らしてしまい、まともに答えられる女性はほとんどおらず、恐怖に喉がひきつり声も出ない。それでもパクは感情をさらすことなく、一つの質問を答えられるまで三十秒間問い続け、それから次の質問へ移る。最低三十分は機械的に質問を投げかける。多くの女性が必死になって答えようとするものの、支離滅裂な質問に窮してしまい、大半は答えられないことに恐怖して神経的に震えだし、惨めなほど泣くばかりだった。


 ところが変わった女性もいた。一人は、縛りつける時はひどく驚いていたが、すぐに平静を取り戻し、鮮やかに全質問に受け答えた。どもることなく端的に話す女性にパクは感心して、気づいたら二時間以上も問い続けていた。女性も途中から立場を忘れて答弁に興じているようだった。


 また縛りあげた直後から顔に笑いを浮かべて、なんら恐れることなくパクに話しかける女性がいた。パクの質問を理解しない阿呆な答えに自ら喜んで、口を広げてえくぼを絶やさない。これでは子守だとパクは思った。


 それとは反対に、なんら抵抗することなく縛られては、一言も口を利かず、三十分間口を半開きにしたままピクリともしない女性もいた。心臓が止まっているのではと不審に思い、パクが質問を終えて女性の胸と手首に確認したところ、体は妙に温かく鼓動は驚くほど早かった。


 さらに、パクの身を案じる無遠慮な女性もいた。行動の理由を逆に訊ねてパクの質問を遮り、常軌を逸した行為への反省を促す。パク自身の行為によって家族や友人ら、まわりの者はどれほどに悲しむか教えると、信心深い説教を仰々しくはじめる。興味を覚えたパクは、自己の内面の一部を紐解いて質問する。話は夜を越え、しまいには女性が涙を湛えて祈りだす。女性に対してひどく感動したパクだが、自分の行為は何も反省しなかった。


 きわめつけは耳の聞こえない女性である。暴れる体を容赦なく縛りつけて耳元で囁くと、声とは関係なしにしきりに腕で話している。これにはさすがにパクも驚いた。 


 多くの場合、女性への質問を終えると、パクは他の物には目もくれず財布だけ奪ってその場を離れる。もちろん侵入前のように、扉に鍵をかけたままの状態で立ち去る。


 パクが不法侵入を繰り返す第一の目的は鍵にある。自らの作成した鍵が見知らぬ錠を開ける瞬間のカチャという音に、パクはたまらぬ恍惚を覚える。大切な物を守る為に存在する錠を、その機能を征服する瞬間に美しさがある。役目を果たさぬ錠はただの飾りであり、もはや存在する意味はない。自分の鍵が錠を殺す。宝の権利を手に入れた。そこに唯一の生きがいともいえる喜びを感じる。空き巣を狙っていた頃はそれだけに満足していたが、やがて錠の守る宝を直に触れてみたくなった。


 女性への質問攻めは相手に刻む印であり、自己顕示の表れである。パクは肉体への暴力を嫌悪し、性の汚辱を憎んだ。女性を性的に襲うことなど甚だ考えられない。そのかわり精神への暴力は意に介さない。手に入れた権力を誇示するように、質問によって錠の守る宝をより詳しく知り、自ら作成した鍵に記憶を加える。そして一通り事を終えた最後に、死んだ錠に追い打ちともいえる鍵をかけてその場を離れ、平常の自分へと戻る。


 それから必ず一週間後、パクの侵入した部屋に封筒が届く。内には財布に入っていたカード類など金以外の物と、侵入に使った鍵の合鍵が入っている。侵入された女性をイメージして鍵は愛らしく加工してある。鍵を手の平に記憶を取り戻す女性を想像しつつ、奇怪な真心を込めてパクは切手を舌先で舐める。


 パクはその切手が元に逮捕されたのだ。

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