第3話 2018.3.17の夢

 ひやりとした空気の中を、全速力で駆けていく。


  わたしは、殺していない。


  追手から逃げ惑いながら、薄く水の張った広間を駆ける。振り返らずともすぐそこで、銀色に輝くナイフがこちらの首を掻き切ろうとしているのがわかる。


  平然と目の前で殺されて行く人々。謂れもない拷問。あの光景は異常だった。執行人たちは、人々の主張に耳を傾ける事もなく次々と手にかけていったのだ。たまらず逃げ出したはいいものの、この先どうすればよいのだろう。先に体力が尽きるのはこちらだというのは明白であった。先程から心なしか追手との距離が縮まってきている気がする。


  肺の奥が焼けるようだ。息が苦しい。夢の中でわたしは、確かに彼女を殺した。だが、それがどうして罪になるのか。泣き出してしまいたい衝動に駆られるが、理不尽が罷り通るあの場所では、そんなことをしようものなら即断罪されるのだろう。


 ふと、数百メートルほど先に、温かい光が見える。そこに、愛おしい人がいることがすぐにわかった。


  助かるかもしれない。


  そんな希望が過ぎる。あの光の許へ辿り着くことができたのなら、きっと殺されずに済む。


  最後の力を振り絞って、走る足に力を込めた。バシャバシャと水の跳ね返る音が何処までも響き渡る。


そんなときだった。


  不意に足を蹴り飛ばされたかと思うと、呆気なく地面に伏してしまう。地に張った水は雪解け水のように清らかで、刺すように冷たかった。


  一瞬で、決着はついた。押し倒されるような形で、私は執行人を見上げる。何処と無く、愛しい人に似ている顔をしていた。だがその笑みには残虐さが垣間見えていた。


 ナイフが鋭い音を立てて、耳元に落ちる。 ああ、もう終わりなのだろう。執行人の氷のように冷たい手が、こちらの首元に伸びる。涙が頬を伝って行く。伝って、冷たい水の中へと溶けていった。


私の命も、この、清らかな水の中に還ることができるだろうか。


ただ静かに、訪れる痛みを受け入れる。


あの光に辿り着きたかった。


辿り着いて、もういちど、君に、会いたかった。


雪解け水、命が溶け行く音が聴こえる。

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