第20話 口は禍の門は(異)世界共通です
精製した砂糖についてフレイルに指摘されて。
レミの脳内を急速回転して考える。
えっと、ハインリヒ商会って、精製糖そのものを製造しているわけじゃないんだよね?
だって、「テプレンの市場で白砂糖の大部分を扱って」って言っていたし、つまり、他にも扱う業者があるってこと。
もちろん、シェアが大きいなら、ほぼ専売かもしれないけど、とりあえず製造技術に関してどうこうって話ではないはず。
じゃあ、この人、何を気にしているんだろう?
この砂糖菓子? でも、確かにあの場で食べてはいないとはいえ、裕福な退魔師なら、原料を手に入れることは不可能じゃないし。口にしなくても手触りで推測した、という言い訳は、通用すると思うけど。
ただカーマさんが「お土産にした覚えがない」とか失言しちゃうと、まずいな。
最悪、必殺技『ローに教えてもらった』を駆使するしかないけど、これ、一般人に通用するかな?
『あのさ、何でもかんでも僕を言い訳に使うの、やめてよね』
(だって便利なんだもん)
『まあ、カーマ、今日はなるべく口を挟まないって言ってたから信用していいんじゃない? あと、白砂糖のことだけど、確かに西大陸の流通量は少ないけど、南大陸ではそこそこ流通しているはず。フットレアも例外じゃないよ。ただ、ガストリンとフットレアの力関係で流通が制限されているだけで』
(……思い出した。メディセア条約、よね?)
ガストリン皇国とフットレア王国に結ばれた、貿易に関する条約。
フットレアに高級嗜好品の価格設定の決定権を認める代わりに、日常生活用品を一定量恒常的に基準価格で輸入することを保障させる条約で。
日常生活用品の安定した供給をフットレアからの輸入品に頼らざるを得ないガストリン皇国にとって、まさに苦渋の選択を強いられた条約だったと聞いている。
ここで言う日常生活用品は、ガストリン皇国でも栽培は可能だけど、南大陸に比べたら明らかに収穫量が落ちる麦やトウモロコシなどの穀物や、塩や未精製の砂糖、綿などの繊維である。
そして、高級嗜好品に類するのは、茶葉や酒、ドライフルーツ、胡椒、そして、白砂糖。
(ちなみにイリル・ガードには喫煙の風習がないので、煙草の話は聞いたことがない)
つまり、条約に表示される程度には、知名度があるわけで。高級品過ぎてあまり浸透していないだけで、一定の知識層ならば、知らないわけではない、はず。
(これは、試されている?)
『フレイルが、どの程度退魔師について知っているか分からないけれど、聖堂での教育過程がガストリンの中級貴族の子弟レベルは確保されていることや、退魔師が見た目の年齢とは違うってことは、少なくともクリックやガワディは承知していると思うよ。まあ、表向きレミはそこまで違っていないけど、昨日今日、ほぼ完璧に上流階級の立ち居振舞いをこなしているから、多少飛び抜けた知識を持っていても、納得してくれると思うし』
(確かに、あの船医も、私の話を疑わず聴いてくれたし……あ)
何かが、引っ掛かった。
『どうしたの?』
(砂糖って、嗜好品ではあるけど、薬としても珍重されているのよね)
『まあ、お茶や胡椒にもそんな一面はあるね』
船内でシュガロ氏が倒れた時、愛人(仮)が言っていた言葉。
『砂糖は薬にもなるし、栄養も(ある)』
あれが、超高級な白砂糖のキャッチフレーズだとしたら?
いくら価格設定の優先権があるとはいえ、そこは嗜好品、つまり『なくてもなんとかなる』ものだ。
需要がなければいくら価格を吊り上げても、益はない。
だからこそ、より購買意欲を高めるために新商品の開発をして売り込みをしているのに。
もし、白砂糖が、有害だと言われたら?
そして、レミは言った。
『白砂糖は無精製に比べて体内の糖分濃度が高くなりやすいから』
もちろん、医学的知識がある船医なら、曲解することはないだろう。
けれど、その部分だけを医学的知識のない人間が聞いたら?
今回シュガロ氏が倒れたのは、高血糖脱水だけど、基礎疾患に糖尿病があることは推測できる。
日本でも、糖尿病は平安時代の文献に残るほど昔からある病で。世界的に見ても、痛風や糖尿病などのメタボリック系疾患は富裕層の死因にあげられるほどメジャーで。
ザル体質で頑健な胃袋と肝臓を持つ退魔師のような酒と糖分と塩分と油分の多い生活を、普通の身体能力しかない富裕層の人間が続けていたらとしたら?
(まあ、退魔師はせいぜい年越しの宴の時に一点集中だし、普段は清貧生活だけどね。落差が大きいだけで、そこまで贅沢三昧じゃない)
……当然、なるよね、生活習慣病に。
で。
ここで、うっかり知識だけはある一応聖職者な退魔師が『白砂糖は体に悪い(意訳)』って言っちゃったら。
それを富裕層の人間が聞いたら。
『高い金出して、そんなもん買うか!』って言い出してもおかしくない。
なるほど。
つまり、その失言を咎めて、かつ、口封じしたいわけなんだ。
「白砂糖については、基礎知識として教えられたのですよ。社会情勢を学ぶことは、退魔師として基本的なことですから。条約についても」
「そうなのですね」
「ええ。白砂糖は、これから、益々重要な貿易品目になるでしょう。少量でも薬効が高い上、料理の幅も広げるでしょうし。味わいが淡白なので、素材を選べばより活用できるでしょうね。ただ、何事も量が過ぎるのは良くありませんわ。せっかくの味わいが台無しです」
「と、申しますと?」
「ガワディさん、このサンドイッチの具材には、黒胡椒を使っておりますわよね?」
「はい。フットレア領ザレンツア産の高級黒胡椒でごさいます」
「あの……レーミ=ナロン様?」
突然サンドイッチの話を始めたレミに、フレイル氏は面食らう。
「この辛みと風味でより燻製の味わいが引き立ちますね。とても美味しいわ。フレイルさんもそう思わなくて?」
「はい、私どものような下々の人間には素晴らしすぎて……確かにとても美味しゅうございますが」
「では、もっと山のように入れてもらおうかしら?」
「レミ様! それでは味わいどころではありません! この淡白な燻製の味が消えてしまいます!」
高級な黒胡椒を惜しんで、と言うわけではなく、純粋に味のバランスが崩れることを恐れて、ガワディが悲鳴を上げる。
「そうですね。この量だからこそ、この料理の味わいが引き立つのよね。物事には、適切な量を見極める、と言うことが大切ですよ、フレイルさん」
「確かに、いくら美味しくても、こればかり食べていては飽きてしまいますわね」
カーマさん! ナイスフォロー!
「ええ。淡白で何でも合わせられる白砂糖の強みを活かすには、これ単独を大量に摂取させるより、素材を高める方向で考えた方が良いでしょうね。例えば」
レミはガワディを呼び、耳元で小さく囁き。
「ええ、一応在庫はございますが、あれは……」
「ほんの少しでいいのよ。あと、サンドイッチに使ったパンを一口大にして人数分」
レミの注文に応えて、ガワディ氏は退室する。
「あ、あの、レーミ=ナロン様?」
「ねえ、クリックさん、待っている間に、テプレンのことをお話ししてくださらない? 教科書に書いてあるようなことではなくて、もっと地元の楽しいお話を」
疑問符だらけのフレイル氏を無視して、レミはクリック氏に話を振る。
しばらく脳を休めたい。それにはクリック氏の美声を堪能するのが一番だ。
「承知いたしました。では、初夏に行われる『白花祭』の話題などいかがでしょうか? この宿の謂われにもなったブラームを始め、テプレンでは初夏に様々な白い花が咲き誇るのです」
「まあ、素敵ですわね。ぜひお聞かせください」
テプレンの初夏を彩る『白花祭』には世界中から吟遊詩人が訪れて、白い花を称える歌を競い合うのだと言う。かつて「白影の青葉亭」の名付けになった歌も、その祭りで披露されたのだと言う。その一節をクリック氏は口ずさんでくれた。
(ああ、クリックさんの声、素敵……歌もめちゃくちゃ上手……)
『レミ! 顔! にやけ過ぎ!』
いけない、いけない!
平常心!
何とか気持ちを落ち着かせて、クリック氏の話に聞き入り。
もうちょっと聞きたいな、と思っていたのに、早々とガワディ氏が戻ってきた。
(もっとゆっくりでいいのに)
『いや、レミ、一応、この後の予定もあるからね?』
……そういえば忘れてた。
クリック氏の美声堪能タイムを諦めて、再びレミは頭脳をフル回転することにした。
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