第19話 疲労とトキメキと嵐を呼ぶランチ会食

 きせかえ人形の如く、カーマさんとお針子さん一同に、高価な衣装をとっかえひっかえさせられて。


 レミだって、女の子だ、決しておしゃれに興味がないわけではない、が。

 おまけに肌触りの良い絹は着替える時のシャラシャラと心地よい衣擦れの音も耳に楽しく……とはいえ。

 着替えの回数が20回を越えた頃には、さすがに疲労困憊であった。主に精神的に。

 いや、身体的にもキツイ。微妙な直しも一緒にしているので、仮縫い中は微動だにしないよう注意してないといけないし。退魔師でも元ナースでも、針が刺さるのはやっぱりイヤだし。


 自分の好きな衣装を着るのとは違って、上流階級での鉄板コーデから逸脱しない範囲で格調高く、けれど身分的にでしゃばりすぎない、とあーでもない、コーデもない(疲労のあまり、こっちの世界では通用しない駄洒落まで考えてしまった……いや、あっちの世界でも、スベりそうだけど。レミ、現実逃避中)と言われ続け。


「……カーマさん、そろそろ、時間になっちゃいません?」


 目をキラキラとさせて夢中になっているカーマのご機嫌を損ねないよう、レミ、消極的理由で回りくどく終了を提案してみる。


「え、もうそんな時間なのね。残念だわ。もう少し遊びたかったのに」


 ……カーマさん、本音が漏れています!


「そんなに言うなら、ご自分の衣装を仕立てすればもっと楽しいんじゃ、ありませんか?」

「自分のだと、客観的に見られなくて、つい自分の好みに走っちゃうから、選択肢が少なくて。つい予算も考えちゃうし。だから人のもの選ぶって楽しいわよ。ご祝儀だから予算も潤沢だしね」

「……ありがとうございます」


 そして、ようやく本日のコーディネートが決まり。


「お食事の準備が調いましてございます」

 ガワディ氏がタイミングを見計らって声掛けにきた。今日は昨日の動きやすいホテルマンっぽいお仕着せではなく、裾が長めの膝丈まであるポンチョみたいな上着を着ている。肩を包むようにスカーフではなく少し厚めのショールっぽい布を巻き付けて、ブローチで留めている。宝石ではなく、カメオっぽい白い彫刻のブローチだ。


「本日は私も同席させていただきます。それとクリックも同席を申し出ておりますが」

「クリックさんが?」


 ガワディ氏は、昨日のベッツェとのやりとりで自分も同席させるよう話していたので、承知していたが。

 会食を含め、初めて席を同じくする時は、必ず仲介の人間が同席し、それもそれなりに社会的地位のある人間が望ましい。

 ベッツェは、まだやっと一人立ちしたばかりの若輩であり、その役目を負うには相応しくないため、ガワディ氏が引き受けた、ということだったが。


「自分の管理不行き届きをお詫びさせていただきたいと。また、ベッツェの伯父であるハインリヒ商会のテプレン責任者とも面識があるため、仲介として同席したいと申し出がありました。まあ、私も知らぬ相手ではないのですが……立ち会って貰った方がよいかと考え、待たせております」

「……それは構いませんけど。ベッツェさん、秘密裏にっておっしゃっていたような? あと、クリックさんのお仕事に差し支えるのでは?」


 事情は分かったが、ガワディ氏の歯切れが悪いのも気になり、レミは訊いてみる。

「はい。ですが、このような無礼を許しては、後々自分なら無理を通せる、という思い上がりを生むことに繋がりますから。きちんと分からせた方が良いでしょう、あの若造には。なまじ見映えが良いのを鼻にかけているようですし」

「クリックさんにご負担にならないのなら。今回のことは、本来クリックさんの預かり知らぬことですし……その、費用の分担とか、求めないで欲しいんですけど」

「それはもちろん。クリックには同席して貰うだけでございますよ」

「よかった。それなら構いません」

 よかった、気が楽になった。

 それに正直、せっかく着飾った(午前中いっぱいの苦行の賜物!)姿をクリック氏に見て貰えるのは……嬉しいかも。

 ちょっと気分が揚がって、レミ、この日最高の笑顔で答える。

「なんとお優しい……! 知らぬこととはいえ、部下に無礼な振る舞いを許したクリックにそこまで心を砕かれるとは! カーマ様に劣らぬ慈悲深さでごさいますな」


 いや、カーマさん、ベッツェの伯父さんとかに、ちゃっかり今日の馬車の代金に昼餐費用まで押し付けていたけど……。

 それに、ベッツェの伯父さんと話すために(まあ、一応その後に教会訪問とかの予定もあるけど)、正装でランチとか気鬱でしかなかったけど、クリックさんが同席してくれるとなれば、全然モチベーションが違う。だから嬉しくて笑っただけなのに。


『まあ、いいじゃん? 好意的にとらえてくれるなら。退魔師もイメージ重要だよ?』

(そうだね。勝手にいい風に誤解してくれるなら別にいっか)


 かくして。


「カーマ様、レーミ=ナロン様、この度は数々のご無礼、誠に申し訳ございません。こうしてお詫びの場を設けていただきましたこと、併せてお礼申し上げます」

 昼餐の会場に出向くと、ガワディ氏と同じように正装に身を包んだクリック氏が膝をついて最敬礼でレミ達を出迎えてくれた。

 カーマさんがガワディ氏に耳打ちし、ガワディ氏が促すと、クリック氏が謝罪の口上を述べた。


「どうぞ楽になさって。よろしければ、一緒にいかが?」

 レミが微笑み昨日と同じように手を指し伸ばした返礼をして、クリック氏に同席を勧める。


 予定調和ではあるが、ダイレクトに謝罪を受け入れるのではなく、同じテーブルに着くことを促すことで、その意を伝える……まだるっこしいが、上流階級の婉曲コミュニケーションである。

 会場入りする前に、カーマさんに付け焼き刃で教えられた通り、ではあるが、優雅に返答できた。

(看護に非言語的コミュニケーションは必須だったとはいえ、あっちの方がやりやすかったわ。言葉覚えるの大変……)

『言い回し覚えちゃえば楽になるよ。経験経験』

(ローが教えてくれればいいじゃない?)

『そうすると咄嗟の時にワンテンポ遅れて、みっともないことになると思うけど?』

(ま、そうか。やっぱり自分で覚えないといけないのか)


「ありがとうございます。レーミ=ナロン様、不躾ながら、こちらにおりますフレイルを同席させていただけますでしょうか?」

「構いませんことよ。ご紹介していただけるかしら?」

 同席も何も、今回の昼餐の出資者である。

 しかし、まあ、これも形式なので。


「テプレンでハインリヒ商会の窓口を担当しております者で、昨日ご紹介させていただきましたベッツェの伯父に当たります」

 立ち上がったクリック氏が、隣で最敬礼のまま俯いている男性に挨拶を促す。


「ハインリヒ商会のフレイルと申します。この度は皆様のご歓談の場に同席をお許しいただけましたこと、ありがたく存じます。また、レーミ=ナロン様には我がハインリヒ商会の主、シュガロ・ハインリヒの危機に際し、迅速かつ的確な対処していただけましたこと、深く感謝申し上げます」

 ベッツェに似ている? 顔かたち、というより、レミを見る目が、妙に値踏みするようで気分が良くない。かといって、ここで無視したら、仲介のクリック氏の立場がなくなる。レミは、作り笑いを浮かべて。

「よろしくてよ。どうぞお座りになって」


 そうして、ようやく全員が着座する。

 ちなみに今回はベッツェはいない。

 あくまでも昨夜はフレイル氏の使者として赴いただけなので、ここに同席する立場にない、とガワディ氏とクリック氏が抑えたのだそうだ。

 まあ、レミとしては、その方がありがたい。どうも、ベッツェは苦手だ。妙に意味ありげに見つめてくるし。

『レミ、やっぱり気付いていないんだ? あれは、レミを狙っているんだよ』

(狙って? 私? ナイナイ。そんな色っぽい感じ、ないし)

『まあ、完全に恋愛、ってことじゃなくて。後でカーマに聞いてみなよ。て言うか、ずっとカーマが注意してたのも、これが理由なんだけど、ね』


 歯切れの悪い言い方が、さっきのガワディ氏を思わせる。

 そう言えば、『自分には無理を通せる』とか『思い上がり』とか『見映えが良いのを鼻にかけて』とか言っていたような……。


 もしかして、ベッツェにロックオンされていたのに、自分だけ気付いていなかったとか?


 ムリムリ! あの人は無理!


「レーミ=ナロン様、昨日の旅装も活動的でお似合いでしたが、本日の正装はまた、可憐でとてもお似合いですね」

 料理がサーブされてくる間も歓談は進む。クリック氏がレミの衣装に目を留め、そう、誉めてくれた。

 話題の最初に女性のファッションを誉めるのは、社交辞令の鉄板とはいえ。

 クリック氏に目を細めて微笑まれ、散々苦労してセレクトされた衣装を誉めてもらい。


 あーあ、苦行の甲斐があった!

 もっと誉めて誉めて!

 あーあ、相変わらずいい声……。


「ありがとうございます」

「いや、そのブローチもレーミ=ナロン様の瞳の色によく合っておりますな」

 フレイル氏がクリック氏の言葉尻に乗って褒め称えるが、レミの耳には右から左だ。っていうか、あなたは余計なこと言わなくていいから。

 フレイル氏の第一印象が良くないため、レミは無意識に塩対応になる。

 

 品のよいガワディ氏も正装はそれなりに似合っているが、クリック氏は!

  

 ……めちゃくちゃ、いいんですけど。


 昨日は控えめ執事モードだったけど、今日は颯爽として、華やかで。

 髪色に合わせた濃いめの青系統のコーディネート、素敵。瞳と同色の黒光する彫刻のブローチもよく似合っている。

 竪琴とか持って、詩でも諳じてくれないかな、超似合いそう。いい声だし。


 昨夜大浴場で湯中りするほど悩んで忘れようとしていた想いが再燃する。

 もういいや! どうせ他の一般人ともマトモな恋愛できそうにないし、鑑賞対象として楽しむくらい、誰にも迷惑かけないし。


 レミの脳内暴走にブレーキをかけるように、各自の皿に食事が取り分けられた(昼餐とは言え、簡単に食べられるよう、野菜や燻製肉挟んだサンドイッチや塩味のスコーンっぽい焼き菓子、付け合わせのジャムやハチミツ、飲み物は紅茶、基本的には手で食べられるようになってる。何だかアフタヌーンティーセットっぽい。でも、この世界、紅茶は高価なんだよね)。


 うん、さすがクリックさん、食べ方も優雅だわ。

  

 ちょっとうっとり、クリック氏を見つめていると、またフレイル氏が口を挟む。


「レーミ=ナロン様は甘いものは、お好みでしょうか? このジャムは当商会の極上の白砂糖を原料にこしらえましたもので。普通のものと違いまして、さらりとした甘味が王族や貴族の皆様にも好評でごさいます」

「そうね。美味しいと思います」


 確かに美味しい、けど。

 赤砂糖や黒砂糖などの無精製糖で作ったジャムやコンポートの方が、味に深みがあって美味しいと思うけどな。

 あっちの世界で、当たり前のように白砂糖を食べていたレミには、無精製糖の複雑な味の方がコクがあって美味しい気がした。

 まあ、精製糖自体の希少価値もあるし、珍しさもあるんだろうけど。


 これは、別にフレイルが気に入らないからじゃないから! 客観的視点だから!


『レミ、フレイルに対してだけ、表情固い。苦手なのは分かるけど』というローの忠告に言い訳しながら、必死で表情を取り繕う。


「珍しいものをありがとうございます。ハインリヒ商会では、砂糖を主に商っていらっしゃるとお聞きしたけれど、加工品も取り扱っておいでなのね?」

「よくご存知でいらっしゃいますね。テプレンの市場では、特に希少価値の高い白砂糖の販売経路の大部分を我がハインリヒ商会が取り扱っております。高価なものですので、ジャムなどの加工品にすることで、その価値を知っていただくよう工夫しております」

 

 確かに、そもそもお茶が高価だし、甘味はハチミツや無精製糖で事足りるから、わざわざ高い白砂糖買わないかも?

「その一貫で、白砂糖をすりつぶして固めた菓子も開発しました。これから広めて行く予定ですが、よろしければご賞味下さい」

 そう言うと、心得ていたのか、部屋の隅で控えていた給仕のウェイターが恭しくガラス皿に乗せられた砂糖菓子を運んできた。


 昨日、シュガロ・ハインリヒ氏が食べていた、あのお菓子だ。

 そっか、ちょっと珍しいな、と思ったけど、新商品だったんだ。


 勧められて、皆で一斉に口に運ぶ。

 うん、予想通りと言えば予想通りの味。超甘い落雁、って感じ。

 

「あら、これは……中まで砂糖なのね。でも、口どけが良いわ」

 カーマさんが感嘆したように、もうひとつ手を伸ばす。


「……レーミ=ナロン様は、これをご存知でしたか?」

「はい、昨日、……船で見せていただいたので」

 細かい事情は、伏せて。


「ご覧になっただけで、召し上がっていらっしゃらないと聞いておりますが? それにしては、あまり驚かれていらっしゃらないですね。当方といたしましては、かなり驚嘆されることまちがいなし、という自信作でしたが。どこかで、召し上がったことが?」

「……いえ。初めてです」


 レミになっては。あっちでは、似たようなもの、食べたことあるし。もっと洗練されて……美味しいのを。

 って、まさか言えないしね。


「左様で。船内の出来事のおり、一目で精製された砂糖だと見抜かれたとお聞きしまして。失礼ではございますが、白砂糖自体がまだそれほど普及しておりませんもので、よくご存知でいらっしゃったと、ご慧眼にいたく感心いたしまして」


 そう言えば、船医に「白砂糖は無精製に比べて体内の糖分濃度が高くなりやすいから」って話しちゃっていたかも。


 フレイル氏が話したいことって、もしかして、これ?


 

 ……これは、マズッた、かも?

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