第18話 世界に優しい着道楽です

 翌朝。


 色々気になったこともあったけれど、久しぶりに入浴したり、揺れないベッドでふかふかの寝具に包まれて、レミはぐっすり寝てしまった。

 部屋担当のメイドさんが起床の合図にベルを鳴らしてくれた時まで、全く目が覚めなかった。

 おかげで爽やかに起床して、バッチリ目覚めて。


 朝食は軽めとはいえ、焼きたての白パンに腸詰め入りの野菜スープ、チーズやバターに、ジャムまで添えられて、レミとして生きてきて、今までで一番豪勢な朝ごはんだった。


(これで、ゆで卵と野菜サラダとコーヒーがあれば最高なんだけどなあ)

『生野菜はさすがに今の時期は難しいよ。卵は、頼めばやってくれるんじゃない?』

(いや、言ってみただけ。これ以上の贅沢はばちが当たりそう)

喪神人ブルフェンは元々神の加護なんてないから、罰の当たりようがないけど』

(気持ちの問題なの!)


 実際、朝食は軽め、という生活習慣が身についてしまったのか、朝はあまりお腹が空かない。

 ところが、カーマさんは朝から食欲があるのか、パンもスープもおかわりしていた。

「朝から結構食べますね?」

「レミはまだ食欲出ない? まあ、最初はそうよね。仕事を受け始めたり、素材採集で野宿するようになると、食べられる時に食べておかないといけないから、朝も昼もしっかり食べられるようになるわよ。あと、どこでも寝られるようになるし」

「野宿、ですか……」


 今回みたいな超贅沢ホテル生活との落差に、分かっていたとはいえ、不安になる。

 素材採集で人里離れた山に分けいることも、稀でなくあるというから、サバイバル術の習得は必須である。

 まあ、退魔師レベルの妖霊憑きには獣が近寄って来ないので、その面は多少安心出来るし、地元の猟師などをガイドに雇うことも可能である。

 しばらくカーマさんについて見習いをする間に、そのような伝手も伝授してもらうことになっている。


「今日の予定は、昼食に昨日約束した面会の後、教会へ挨拶に行って、依頼次第で行き先を決めるようになるわね」

「なら、午前中は空いてるんですね」

「何言ってるの? この後湯浴みして、身支度しなくちゃ。レミの正装も調えないといけないし」

「正装? でも、今回普段着しか持ってきてませんよ……カーマさんも、そんな荷物、持ってなかったですよね?」

「持ち歩けるものですか! 野宿するかも知れない退魔師が、そんな荷物持って一人旅なんて出来ないわよ。……ここに置いてあるのよ」

「ここ……って、『白影の青葉亭』に?」

「ええ。貴重品管理も含めて、年間契約してあるのよ。いざと言う時に備えて、主要国の首都の宿のいくつかとね」

 世界各地の主要都市の宿屋にマイクローゼットルームがあるようなものだ。どれだけお金かかっているのか……確かに持ち歩くのは不便だし、管理も大変だから専門家に任せた方が安心だけど。

「あ、でもレミの正装はまだ仕立てが間に合わないから、今回は私のを使ってね。その手直しと、あと、年末までに最低限必要なものを仮縫い前までしておいてもらうから、とにかく午前中は採寸もしてもらって。忙しい依頼がなければいいんだけど」

 忙しい依頼がなかったら、明日もゆっくり採寸出来るし。ついでに装飾品も見立てたいし。

 さすがに女性だけあって、衣装関係は熱が入るのか、カーマさんのテンションが上がっている。

 レミだって、決して興味がないわけではないけれど……費用が気になる。

 もらったお小遣いの大半は、カロナー島の聖堂に置いてきてしまったし。そもそもそれで賄えるのか。

「新入りなので、あんまり高価なものは……」

「大丈夫! ご祝儀代わりに、みんなにツケておくから」

「みんな?」

「そう。だから、費用は気にせず、欲しいもの頼んでね。新人の特権なんだから」

 先輩退魔師のみんな、から新人への贈り物、というわけだ。

 ありがたいが……一体いくらかかるんだろう?



 大浴場で湯浴みを終え、部屋に戻るとすでにお針子の皆さんが勢揃いしていた。

 正装は丈の長いワンピースを土台に、ボレロのような丈の短い上着を着用する。腰にはサッシュベルトを、大抵同色のスカーフを肩を覆うように巻いて、スカーフ留めで固定する。これはどこの位置で留めてもいい。

 夜会などでは『盛装』という要素が入るので、更に豪奢になり、ワンピースもイブニングドレスのようなドレープやフリルを多用したボリュームのある形になるとのことだが、日中に着用するものは、シンプルで裾も過剰には膨らんでいないものが多いという。


 ちなみに普段着は丈の長さは決まっていないため、レミを始め退魔師の女性陣は膝丈くらいのスカートに男性と同じズボンを履いて、下肢を露出させず、動きやすい格好をしている。ヒラヒラするのが邪魔なので、レミはスリットの入った膨らみの少ないものを好んでいるが、カーマさんはフレアースカートのような少し膨らみのあるデザインが好みのようだ。

 膝丈スカートにズボン、というのは徒歩で旅をする女性に多い支度だ。客船でも割りと見掛けたので、決して目立つ格好ではない。上着も着用する。

 ハードな動きのない成人女性は、大抵足首まで隠れる丈のスカートやワンピースを身に付けている。ワンピースの場合はサッシュベルトも使う。

 なので、裾の長さよりも、むしろその素材やスカーフ、スカーフ留めが正装のポイントになる。

 王族、貴族階級になると、スカーフではなく、マントを着用する。というか、庶民はマントの代わりにスカーフを着ける、という方が正しいかもしれない。


 さて。


 カーマさんに合わせた正装は、どれも淡い色合いのものが多く、レミにはあまり合っていない。

 サイズは大きい分には縫い縮めて誤魔化せると思うが、明らかに色味が合わない。

 が、そんなことはカーマさんにもお見通しだったらしく、きちんとレミの髪や瞳の色に合わせたスカーフとサッシュベルト、スカーフ留めを準備してあった。

「カーマ様の衣装は色味が淡いものが多いので、ハッキリした色味のものを合わせても良く映えますわ。このクリーム色のワンピースでしたら肌の色とも調和しますし」

「スカーフは瞳に合わせてこの濃い緑にしますか?」

「いえ、こちらの若草色の方が。スカーフ留めに金と翡翠のこちらを使うなら、スカーフは濃すぎない方がいいわ」

「それならこの少し濃いめの緑に金糸で刺繍したこちらの方が」

「いえ、せっかく若いお嬢様なのだから、刺繍よりも綾織の光沢の方が」

「だったら、スカーフ留めは、こちらのエメラルドの方が映えるわ」


 ……等々。

 レミが口を挟む隙もなく、お針子さん達がコーディネートして、最後にカーマさんの了承を得ると、瞬く間に裾や脇を縫いつけて、レミのサイズに調整してくれる。

 並行して採寸も行っていたので、その間、ずっとレミは立ちっぱなしで(たまに調整のために座ったり立ったりもしたが)、着せ替え人形に徹していた。


「カーマさん、この衣装で昼食とか、汚しそうで怖いです」

「昨日のテーブルマナーだったら大丈夫よ。昼食はメニューも軽めだし」

 そうは言っても、光沢や手触りから考えると、スカーフもワンピースも絹である。汚したら染み抜きも大変だと思う。

「そんな心配しなくても、その衣装、大分古いから気にしなくていいわよ。何度か仕立て直ししているし」

 生地は良いものでも、やはり年数が経つと糸が弱って来るため、ほどいて縫い直しするという。染みや色褪せがあれば、その時に染め直しもする。

(なんだか、和服の洗い張りみたい)

『わふく? あらいばり?』

(そう、過去世でも民族衣装、って言うのかな。高級な物だと、何代も引き継いで行くみたい。まあ、私にはご縁のない話だけどね)


 素材も仕立ても、確かに高級だけど、長命な退魔師なら、使用年数考えると、しっかり着潰しているから、長い目で見たら贅沢、とは言いきれないのかな?

 むしろ、安物使い捨てるよりエコかもしれない。


 地球に、ではなく、イリル・ガードに優しく、って感じ?

 そう考えると、贅沢な衣装に対する罪悪感が薄れる気がした。


(しかし、この後仕立てた衣装の数と、自分のお小遣いの倍以上の費用を知って、貧乏性なレミが罪悪感に責められるのは……次の新年直前のことである)

 

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