第9話 本格的に修行開始(今度こそ)
相変わらず酒盛り三昧の先輩方であったが、一応、レミの修行も並行して行われていた。
と言っても、酒のつまみに思い出話、という感じもしないではなかったけど。
『そう見えるけど、大事な話もチラホラ入っているから』
(チラホラ、ね……)
退魔師は(というか妖霊憑きであるブルフェンの民は)正式な結婚ができない、と知ってショックを受けたレミだったが、「正式」にはできなくても、恋愛は別に大丈夫だと、後で聞いた。
教会に戸籍がないため、神に認められた結婚はムリでも、正式でない結婚自体は、喪神人でなくても、実はしている。権力者はもちろん、田舎の小金持ちとかでも。
それは、日本だってあったしな。
いわゆる、愛人とか、内縁とか。
また、
教会に戸籍がないのは、喪神人と重罪により戸籍を剥奪された罪人のみ、というのが社会通念だが、実は親のない子がそのまま成人した場合も当てはまるのだ。ただ、戸籍が奪われることと、元から戸籍がないのでは(喪神人は、戸籍を「喪う」ので、前者の同じ扱いになる)大きく違う。
元々が「人間」として在ったか、そもそも「人間」としても認められていない存在だったのか、その差がとても大きい。
親の有無が、その者の尊厳を認めるか否か、というボーダーラインとなってしまう。
(現代日本人としての感覚が残るレミには、この慣習を聞いて、すごくモヤモヤした)
そんな「人間」として認められていない、孤児が成人した場合、見目が良いものは富裕層相手の売娼として歓楽街の花となり、力があるものは雑兵や鉱山などの劣悪な環境で働く人足として買われていく。
需要があるから、教会も孤児を減らそうなどとは考えない(喜捨、という名目で、逆に教会の収益になる)。だから、引き取り手がない子供も積極的に引き取るし、孤児が産まれる要因である非正規婚も規制しない。
ついでに言うと、教会の神官、つまり、聖職者も、教義の上では結婚できるのである。心霊を祓うためには、それなりに霊力が必要で、それの力は親から子へ引き継がれることが多い、つまり、遺伝要素が強いことが知られているため、有能な神官が婚姻して子をなすことは奨励されている。孤児の中でも霊力が強い子供は、神官が親として養子にすることも多々ある。
逆に、それほど霊力の高くない下級の神官は、修行の妨げになるという理由で(もっと言うと、配偶者や子供を自費で養えるほどの収入源もないため)、ほぼ結婚しないことが多い。
また、夫婦でなくても、独身者でも養親になれるので、相手に認知してもらわなくても本人が育てる気であれば自分の子供でも、他人の子供でも(こちらは一応審査がある)引き取れるが、喪神人=妖霊憑きは勝手が違う。
もし、実子でも、妖霊憑きでなかったら、引き取ることはできない。
と言っても、一応逃げ道はある。カロナー島近隣のブルフェン以外の住民に依頼して、仮の養親になってもらい、場合によっては養育もしてもらうことは可能なのである。
というか、ほとんどの場合、養育を依頼しているのが現実である。妖霊憑きと、そうでないものの寿命の差を考えると、人生後半で親と子の外見上の年齢が逆転してしまうことはしばしばで……老衰した我が子を看取る、なんてことが冗談抜きで起きてしまう。
なので、一般的な養育費としては過分な謝礼を払って養育を依頼し、それを密かな収入源としている集落がカロナー島の周囲には点在している。
また、妖霊は憑かなくても、霊力の高い子供が産まれる確率は高いので、神官に引き取られる場合も多い。
後から霊力が高いと判明した場合は、養子縁組のし直しをすればよい(その際に高額な謝礼が支払われ、実親と養親で山分けしているのは暗黙の了解である)。
正式にはムリでも、結婚したり子供を作ることが可能だと聞いても、そんな闇の部分を知って、なんだか呑気に恋愛にのめり込めない、とレミは思ってしまった。
あと。
(もし、誰かと恋愛して、うまく進展しても……ずっとあんたたちは憑いてくるのよね?)
それこそ、デートも、……夜のあれこれも。
『もう、レミってば耳年増なんだから』
(いや、私の中身、実年齢知ってるでしょ?)
中身は30歳台後半のアラフォー女子なのである。
『そう言えばそうだっけ。まあ、そういう時は、危険がない範囲で、交流遮断して、別次元の部屋に籠って隠れているようにしているけど。レミが嫌がるから、お風呂の時とかは、今もそうしているよ』
(そうだったの? ……お気遣いありがとう……)
でも、一応ちょっと繋げているんだ……。
『全面的に交流切ったら、緊急事態に対応出来ないじゃないか。依代との交流がないと、僕達は外の世界で何が起きているか、全く知ることが出来ないんだから』
(ごもっともです、ハイ)
無意識に繋がっていた子供の頃と違って、交流が確立した今の方が、交流断絶による情報遮断が明確なのだという。
『まあ、レミもそうだけど、妖霊憑き同士はそれもあって、あんまり恋愛関係にはなりたがらない分、他所の人と短くて濃い恋愛に発展しやすいから、振り回されないようにね。あと、戸籍はないけど、退魔師は一応聖職者に準じる扱いだから、あまり醜聞にならないように』
(それはサーシャさんの話から、実感してる……)
美魔女のサーシャは、恋愛遍歴も豊富で、末端とは言え王族との熱い夜も経験しているという。
それを、実らぬ恋の物語として宮廷詩人に歌い上げさせて、スキャンダルではなく悲恋とすり替えて乗り切った、という裏話も聞いた。
まあ、そこまで華々しい世界は知らなくてもいいから、そこそこ楽しい恋愛模様は、経験してみたい、かな?
せっかくそれなりに可愛らしい容姿に恵まれて、しかも若くて、まだこれから! な年齢に戻れたのだし。
(ちなみに、こちらのモテ基準は?)
『モテ基準……ああ、美人の条件? ……えっと……』
(……ロー?)
『まずは、濃さとか薄さ、かな』
(薄さ? 痩せろってこと?)
『いや、レミはもっとふっくらした方がいいと思うけど』
確かに、サーシャに比べたら、色々真っ平らだ。
『つまり、色合い? かな。髪とか目とか肌とか』
(例で言うと?)
『巫女のクリス、みたいな』
……濃い金髪に、淡い水色の瞳に、白い肌、ね。
いわゆる、お姫様属性だ。
(なるほど。私、微妙にずれているのね)
淡い赤髪というか金茶髪に、影の濃い緑の瞳、ここだけ過去世を引き継いだのか、どちらかと言うと黄味がかった肌の色。
『まあ、この地方では。でも、地方ごとに違うから。サーシャだって、目とか肌の色は、この地方だと、条件外れるけど、本人のパワーというか、魅力で、そんなもの吹き飛ばしちゃっているから』
(とりあえず内面磨けってことね)
『そうだね。年が明けたら、いよいよ退魔術の修行も始まるし』
……そして年明け。
退魔師の一団は、旅立っていき。
(って、私の修行は?)
『え? 教えるの、僕だよ?』
……妖霊と、依代との相性やバランスで使う力が違うため、実技は2人(?)でコツコツと繰り返して、使いやすい力を見極めていくのだそうで。
(……この数ヶ月待ったのはなんだったんだー!)
心の中で叫ぶあたり、しっかり修行の成果が出ている、とローに誉められてもむなしいだけであったが、とにかく、妖霊との孤独な修行が始まったのだった。
(そして、せっかく覚えた心の声での対話は、あまりの静けさに耐えられず、また修行中に声に出して話出してしまうようになり、やり直しとなってしまった、という後日談がつく)
ともかくも、面子が変わりつつも年越しの退魔師団との宴会を挟みながら、5年の月日が経ち。
いよいよ、レミは成人を迎えた。
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