第3話 『妻』と擬人化の話(中編)
明くる日の夜、俺は残業でフラフラになりながら帰ってきた。石田の奴が休んだので俺が代わりに仕事を引き受けたのだ。休んだ表向きの理由は「都合のため」だが、
(おのれ石田の奴……憶えてけつかれよ)
うちの会社は給料がグレー並に安いが、比較的簡単に有給休暇が取れるので、それでブラックじゃないよアピールしている。セコい話だ。
(さぁてビールでも飲んで……あっ! 夕飯買ってくるの忘れた! めんどくせぇ!)
アパートの鍵を開けたところで気付き、今日は夕飯食べなくてもいいかな、と考え始める。そして部屋の明かりを付けたところで異変に気が付き、度肝を抜いた。
「へあっ!?!?」
部屋の中央には既にちゃぶ台が置かれ、その上に湯気の出た御飯と味噌汁、焼き魚にサラダが乗っているではないか。一体誰が!? 思わず二度見してしまった。
横には『妻』がいて「私が作りました」とばかりにドヤッとしている。
そんな訳無いだろう、この野郎。
本当に一体誰が作ったんだろう? 俺は冷静になって考え始めた。
しかし心当たりが一切無い。そしてこの部屋には鍵がかかっていた。マスターキーは大家さんしか持っていないのだが、昨日からツアー旅行に出かけて不在の筈……。そうなると、どう考えても目の前のこいつが作ったとしか……。
恐る恐るご飯茶碗を持ってみる。俺のお茶碗、そしてご飯は温かい、出来立てだ。味噌汁の匂いも嗅いでみると美味そうである。試しに一口飲んでみた。
「うっ!? うんみゃ~いっ!!!」
味噌の味がしっかりと出ており、それでいて塩辛すぎない。ダシは何だ? 深みのある何層もの旨味が次々へと舌に押し寄せてくる。
今度はご飯に手を伸ばしてみた。
もう俺の箸は留まることを知らなかった。焼き魚、これは包み焼きか何かか? 香辛料とほのかなハーブがよくマッチし、非常にジューシー。野菜は生に限る派の俺だったが、ドレッシングをかけたサラダがこんなに美味いとは思わなかった。シャキシャキレタスとスライスオニオンで、ガンガンご飯がすすむくんである。
(あぁうまかった……)
何ということだ。俺は誰が作ったかもわからない食べ物を完食してしまったぞ。
(しかし誰がこんなことを? 本当にあいつが作ったわけじゃないよな)
後から作った相手が現れて金銭を要求されることも想定したが、その時は新興宗教の信者の振りをして「天からの授けものかと思いました」の一点張りでいいだろう。そもそもここは俺の部屋だ、裁判沙汰になったら不法侵入で告訴することもできる。
この日は仕事疲れもあり、すぐ寝てしまった。
…………
「呉服屋さんよ~、ご苦労さん~♪ 空を見上げりゃ~、空がある~♪っとお」
次の日の夜、残業はなかったが付き合いで一軒寄ってきてしまった。誰かと飲むのは久し振りだったもので、情けないことだがベロベロに酔っ払ってしまっている。
「山が、あるので、山なのだぁ~~♪ デデデデン! 神☆罰ぅ~♪ ういっ~」
鍵を開けて部屋に入ると、今度はちゃぶ台にラーメンが乗っていた。そしてまたしてもドヤ顔の『妻』がいる。酔っていた俺は
「うまいっ! 何だお前? ラーメン屋でも始める気かぁ?」
味はよく憶えていない。やたら美味かったことだけは憶えている。
「お前も自分の立場がわかってきたじゃないか。偉いぞー」
完食し、頭を指で撫でてやった。すると『妻』は満足気に小屋へと入っていった。その日はシャワーも満足に浴びずに布団へ寝てしまった。
そして深夜、
(……蛇がラーメン作れるわけ無いじゃん)
昨晩の夕食だってそうだ。蛇が包丁
俺は確かめることにした。
「係長、今日は残業できません」
「えぇ~? だってシューちゃん、仕事残ってるよ~?」
唐突な申し出に眼鏡が驚く。
「今日は帰らないと駄目なんです。仕事は石田にでもやらせて下さい」
「うーん、じゃあそうしよう」
職場を出ていく俺の後ろから『ぐおぉぉぉん!』という叫びが聞こえた。許せよ、石田。デートのために会社休んだことは許してやるから。
駐車場へ向かう際、会社の入口で警備しているゴリ蔵が目に入る。思わず俺は、「今日は僕、定時で帰るんだよー^^ノシ」と愛想を振りまく。すると向こうからは「地獄に堕ちやがれ」のジェスチャーが返ってきた。
俺は誰にも悟られぬよう、コソコソとアパートへと近づき、足音を立てないように自室の前までやってきた。前もって部屋に隠れ、犯人を突き止めるためである。警察には連絡しない、騒ぎを大きくしないように。勝手に部屋へ入られたとは言え、二度も
(か、鍵が開いている!?)
ドアノブに手を掛けた俺は驚くも、慎重にドアを開ける。もう犯人は既に来ていて中に居るということなのか?
(歌? 女の声?)
部屋に入ると女の鼻歌が聞こえてくる。毎年ロードショーでやっている有名アニメ「となりのトロンちゃん」のテーマソングだ。鼻歌は台所からのようだ。
だが油断はできない。何か武器は無いかとポケットを探ると、昼間に操ちゃんから貰ったお土産の「地域限定版うますぎる棒」しか入ってなくてがっかりした。しかしこの際何でもいい。俺はうますぎる棒を握りしめ構え、ゆっくりと台所へ向かった。
「あっ!」
思わず俺は声を上げてしまった。見知らぬ女性が鼻歌を歌いながら、台所でキャベツを切っていたのである。フワリとした柔らかそうな髪、若くて優しそうな顔立ち、可愛いエプロンに思わず見とれてしまっていた。
「!!!」
流石に女性も俺の存在に気が付いたようである。飛び上がるほど驚き、呆気にとられた表情で俺を見た。
「あ、あ……」
うまく言葉にならない。ようやく女性は口をきいた。
「あ……あなた……?」
「まさかおまえ……なのか?」
なんということだ。まさか過ぎる展開であった。
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