第2話 act2
俺と彼女達・・・・つまり大河内順子と静香の三人は、こっそり会場を抜け出してタクシーを拾い、赤坂の某国大使館近くの静かな料亭に入った。
都会のど真ん中の、凝った造りの高級料亭に入ったのは、生まれて初めてだった。
(多分この先、自前で入ることなど、一生ないだろう)
仲居や女将までが総出で出迎えてくれたのは、仕事だとしてもそんなに悪い気はしない。
俺たちは女将自らの案内で、一番奥まった、離れの茶室風の座敷に通された。
『でも、いいんですか?あっちの方は?』
俺は賓客という事で床の間を背にして座ることになり、彼女たちはその両隣に陣取ってから、訊ねてみた。
『ああ、あっちはいいんですのよ。下のものが上手くやってくれるでしょうから、どうせ貰うものを貰ったらお終いですもの』
俺は何となくからくりはわかっていたものの、わざと驚いたような顔をしてみせる。
『あら、ビジネスをやってらっしゃるのに、随分うぶなのね?あそこに来ていた女の子たち、全員(サクラ)ですのよ』静香がけろりとしたような顔で、仲居が運んできたノンアルコールビールを俺に勧めた。
何でも、女性の方は日当幾らかで集めてきただけで、元々お見合いなんかする気は全くなくて、大抵が金目当てだという。
男は確かに『セレブ』だけれど、向こうだってそれは半分は承知で、つまりは真剣に結婚相手なんか望んでおらず、
『一夜のお相手』にでもなればそれでいいと思っている・・・・という訳だ。
『向こうも騙されたことを知っている。それを承知なら、詐欺は成立しないでしょ?』
二人は、運ばれてきたビールをさもうまそうに干して、けろりとしたような顔でいった。
『でも、これだけじゃないのよ。私たちの(ビジネス)って、』
順子はそう前置きしてから、俺に色々と説明した。
・・・・宝石詐欺、絵画詐欺、合法と非合法のすれすれをやっているんだと、得意げである。
『そんなこと、私に話してもいいんですかね?もしかして私がチクったりするとは考えないんですか?』
『あら、だから面白いんじゃない?それにあなたはそんなことなさらないでしょう。私達、こう見えて結構男を見る目があるのよ。だからあなたに目をつけたんだわ。いかが?一緒に私達と(スリルなビジネス)をやってみる気はない?』静香が流し目で俺を見た。
『まあ、君たちみたいな美人にそこまで見込まれちゃ、悪い気はしないな』
『じゃ、承知?』と、順子。
『残念だが、そうすぐには返事は出来ない。ことがことだからな。2~3日待ってくれ。こっちから連絡するよ』
俺はそう言って立ち上がり、懐の財布から一万円札を出す。
『これだけ置いてゆくよ。とても足りはしないだろうが、女性にまるまる奢らせるってのは、私のポリシーに反するんでね。』
それだけ言うと、俺はさよならを言って店を出て行った。
二人を残して外に出ると、すぐに依頼人にかけた。
ほどなく、例の青年実業家氏がすっ飛んできた。彼はこれまで彼女たちに幾度となく騙され、億とはいかないまでも千万単位の現金や宝石を盗られていたのだ。
俺は彼女たちと話をしている間、懐でずっと小型のicレコーダーを回しっぱなしにしていた。
それを彼に渡し、ついでにハンカチに包んでおいた名刺も渡した。
『これを持って警察に行くんですな。何かの証拠になるでしょう。それからギャラをお忘れなく』俺はそれだけいうと、彼を残して帰途についた。
『大富豪姉妹、華麗な犯罪!』新聞にそんな見出しと、二人の顔が大きく載ったのは、それから数日後のことだった。
俺は首の後ろで腕を組み、肘掛椅子に背中をもたせ掛け、付け替えたばかりの新型エアコンの心地よい涼風を楽しんでいた。
まあ、殺人をしたわけじゃないし、被害額が多くても、大抵は示談で済むから、悪くても執行猶予位で済むだろう。
馴染みのブンヤが、彼女達の顧問弁護士から聞き出した話として、俺に教えてくれた。
まあ、そんなことはもうどうでもいい。
期待通り、依頼人氏はギャラをはずんでくれ、電気屋はそそくさとエアコンをとりつけてくれ、お陰で俺は今外の暑さとは無縁の快適さを満喫しているのだ。
『あの顔で、トカゲ喰らうや、ホトトギス、か・・・・』俺は昔の俳人が詠んだそんな句を呟きながら、デスクの上の缶ビールを取り上げ、ぐっとひと口呑んだ。
え?
仕事中は禁酒なんだろうって?
馬鹿を言っちゃいけない。夏だぜ?夏!
終わり
*)この物語は作者の想像の産物です。実際の出来事や場所とは一切関係はありません。
『あの顔で、トカゲ喰らうか・・・・』 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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