第8話 おとぎ話~出せなかった出生届

第8話 


   おとぎ話~出せなかった出生届 著作者:乙音メイ


(「こんな仏僧≪ぶっそう≫なところにいつまでもいないで、佐久三をつれて東京の実家に帰りなさい。佐久三を東京の学校に上げておやり」

「お父さんたちもご一緒に、深川の私の実家に行きましょう」

と夏子は勧めたが、

「死んだ佐久二の遺骨が、勇敢な人たちの手によって、いつの日か帰ってくるかもしれないから」

と言いながら、義父ちちの眼は、夢見るように遠くを見つめた。義父ちち義母ははも、屋久島に残ることを頑として譲らない。大切な息子を殺された親の執念だった。嫁は諦めるほかなかった。

 島に眠る、息子の焼かれた遺体。それを掘り起こして見つけ出すには、船で来た荒っぽい連中に殺されるかもしれない、という危険を踏み越えて、恐ろしい犯罪を証言しなければならない。そのうえで大勢の協力者も必要だった。それに種子島にたくさん来たという、金魚を持った中国人たちは? 

 夏子も義父ちちも、自分の無力さにひどく傷ついていた。


 四季折々の鳥の歌声を耳にしたり、キラキラと、萌黄色のバナナの葉を照らす陽射し、青く美しい空と海を見ていると、あのようなことはすべて悪い夢としか思えなかった。

 夫の実家で一晩を過ごし、夫の待つ従業員宅に戻る途中、見てしまったのだ。茫然自失のまま、夫の実家に戻り、身を隠しながら義父母と暮らすようになった。そして二月ほど過ぎた晩秋、夫の忘れ形見の佐久三が生まれた。そしてかれこれ、5年が経とうとしていた。

 夏子は、明日天気が良かったら、夫の両親と佐久三と、四人で永田まで一泊旅行をするつもりだ。真夜中の太平洋を渡って田舎浜に上陸する、力強い母亀の姿を、自分と子供の目に焼き付けるのだ。

「産卵に来た母ウミガメを、しっかり見て、それから東京に戻ろう」

そう決心していた。自然が、深く傷ついた心をいつかきっと癒してくれる。九死に一生を得た夏子は、そう願っていた。)


   *


 新しい命がこの世に生を受けても、両親が死んだことになっている(闇の者たちにとっては)。そのことを考えると、出生届を出すこともはばかられた。生き残った母や生まれた尊い命を危険にさらすことができなかった。

 人生を狂わされた人が大勢いた。浅はかな山賊たちの強欲さは底なしのように、半世紀以上も善良な中国と、日本の人たちを巻き込んでいった。


   *


 台湾や中国からも追放された山賊たちが、日本に現れたこの72年の間に、みんな少しずつヒントを残して逝った。




鹿島鳴秋 作

「金魚のお昼寝」  


赤いべべ着た

かわいい金魚 

お目目を覚ませば

ごちそうするよ


赤い金魚は

あぶくをひとつ

昼寝うとうと

夢から覚めた


 



**************************************

※鹿島鳴秋さんの晩年を共に過ごし、墓標も立ててくださったお医者さん、そのお父様は、鹿島さんとは家族ぐるみで長く親交があり、屋久島出身でした。

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