第7話 十字の下に眠る金魚たち
第7話
十字の下に眠る金魚たち 著作者:乙音メイ
林芙美子と同じ照国丸に乗船した《*1》金魚を持った人々は、天○宗法○経の開拓移民として、日本の法○経の盛んな(と、聞いた)島に来たのだと思っていた。
乗るときに、金魚を持っていれば、担当者から切符を手渡してもらえた。乗船切符も出る上、食事付きの宿舎もあり、開拓の手当が支給され、休みの日には海遊びもできる。同じ宗派の気安さも手伝って、海を見たことのない中国本土の人にとっては格好の臨時働き口だった。
物珍しい船と海を堪能しつつ、種子島に着いた。満州から脱出してきた人々も船には乗っていて、家族が出迎えた。金魚を持った人々にも、迎えの人たちが待っていた。これからすぐに仮の宿に向かうという。金魚の一団は、観光気分が抜けきらない陽気さと共に、道案内の山賊の後を付いて行った。
*
大会社の社長は、器の大きな人だった。屋久島の杉材が、中国の大陸鉄道の枕木として太平洋戦争中、高値で商い出来たことに恩義も感じていた。屋久島に流れ着いた遭難船の遭難者(台湾北朝鮮中国人流刑罪人)たちを雇い入れたのも、屋久島と中国、両方へのそうした恩義からだった。
中国人遭難者(台湾北朝鮮中国人流刑罪人)たちは、社長のおおらかさも手伝って人並みの待遇を受けることができた。社長は、時々屋久島に来ては、様子を聞くことを忘れなかった。山海賊たちは、ことあるごとに日本人と見れば、郷里ではきっと女房子供、年老いた父母が心配しているだろう、と覚えたての日本語で話した。連れ合いの女たちと、安房に分かれている男たちがそこいらを片言の日本語や中国語で話しながら歩けて、少しも怪しまれずにいられればいいな、と話しているうちに、ある企みが発展していったのだった。戦後はどこも人手不足だった。元山賊たちは、打ち出の小槌を持っている気でいた。
その後社長は、国の家族を呼び寄せてもいいし、雇ってもいいと言ってくれた。旅費も出すという。従業員寮を作ることも承認された。手紙で連絡を取り、来日する準備が出来たら、その時は船の手配もしてくれるという。
山海賊たちは考えた。誰が、中国から船に乗ってくるのか、を。自分と山賊家業の行動を共にしてくれる家族も仲間も、すでに屋久島や種子島にいる。折よく、日本は働き手を募集していた。開拓移民という大勢の移民たちを。食糧不足を解消するために、日本のあちこちを開拓することになった。馬毛島も例外ではなかったし、すでに台湾と中国の流刑山海賊たちもいた。
ともかく、日本人に話しかけられたら、念仏をぶつぶつ唱えることになっていた。遠くに人を見れば、歩きながら一心に叩く布太鼓も役に立った。(この、話しかけられないように
*
船の手配が行われた。いよいよ山海賊たちは顔も知らない中国人たちを、社長や島の人には家族と偽り、種子島、屋久島に呼び寄せた。手紙のやり取りで、日本の法○経の盛んな島で、1~2か月の期間、開拓移民団として働く大工や左官職人を募集をしたのだった。宿舎は、山海賊たちが就業している大会社が持ち主の従業員用のもので、これから金魚の一行が建てるのだ。
開拓移民団の目印として「金魚」を持ってくるように事前に決めてある。港までの旅費は給与の支給日に清算され、港では、金魚を持っていれば船の切符がもらえた。
到着した金魚の一行は、山海賊が考えていた人数を超えていた。100人だった。急いで募集を締め切り、金魚の人たちは中国本土からはもう来ない。山賊たちは船の中で住所氏名と、ほかの緊急連絡先も加えた名簿を作り、一家族ぐるみで来た人々を馬毛島へと選り分け、単身者を種子島と屋久島に送りこんだ。そして、中国行の帰りの船は、たとえ大会社の行為で用意されたとしても、乗るのは遺骨だけだったであろう。
この、分けて何かをさせる行為は、現在の屋久島にも今だにある。町を地区に分けて地区の元に、国や県や町とは別にお金が任意で徴収され、その地区専用の放送設備を通して、草刈りや宗教心を
一昨年天皇皇后両陛下が御来島された折、安○地区では、陛下の車両が国道をお通りになるからと、道路のここからここまでと決められた範囲の、番地ごと建物ごとに決められた位置で、旗を持って並ばされる、ということがあったようだ。ようだ、というのは、スピーカーから流れる地区の放送でそのことを聞きかじっただけで、私たちは家の中でひっそりと両陛下のご健勝をお祝いしたからだ。
*
さて、四半世紀前に話を戻そう。
無人島扱いになっている馬毛島には、家族で来た人々を住まわせるべく、四グループに分けて移動させた。家族ぐるみで来た男たちには宿舎建造を言い渡し、女たちには食事係りを、年端のいかない子供たちは集団で遊ばせた。宿舎は四か所に点在してひと月ほどで出来上がった。
次は道路工事だった。二メートル近くを掘るように命じた。男たちはよく働いた。女たちも生き生きと、おいしい中華料理をこしらえた。子供たちは年長のお兄さんお姉さんを慕った。新築の宿舎は、いつも笑い声で満ちていた。
大会社から賃金が配給された。翌日、全うな従業員を装う山海賊が言った。働きぶりを見に来ないかと。
(「父ちゃん達が作った道路の穴を見に来んね。奥さんたち、子供と一緒に見に来んね。この蒸し暑い中、いたわってあげんね」
「どうだろう。穴の中は涼しかろ。みんな入ってみんね」)
みんなは笑顔で男たちを讃えた。夫を、父を讃えた。歓声が上がっていた。
いつも立てかけてあった梯子が外された。土砂が降ってきた。あたりが静まりかえった。
十字の中心に金魚は眠る。
山海賊たちには、家具付きの中国の別荘ができた。あこがれの、犯罪歴のないきれいな戸籍もできた。
元山海賊連中は道路の下、ことに交差点の真ん中の土地には家が建ったりしないだろう、と見越していた。広い道路を作っておけば、開発が進み、建物が周囲を埋めていく、そう考えた。だが、山海賊の思い通りにはいかなかった。馬毛島にも、謎を明かしてほしい、と願う霊がたくさんいたためだ。
*
1960年、大会社の社長はすべてを掌握した。その時、莫大な資金をゆすられていた。
ワン・ユリとレン・キワの間にできた男の赤子、この子には年の離れた○田○作の戸籍(森林管理署本署の七七番バス停近くの寮で毒殺した若い夫婦の夫の戸籍。○田○子、この若い妻は運よく逃げおおせた)があてがわれた。ユリもキワも、屋○島警察官の夫婦と夫婦交換した結果、母ユリはそれまで使用していた○秋○《と○り あき○》から、草○秋○《くさ○○ あき○》に変わっていた。父キワもそれまで使用していた○菊○
1960年、この赤子がのちに若者の年齢になった時、毒殺して奪い取った19歳最後の日の若い夫婦者の営林所職員の戸籍が、戸籍上では30歳なのでもうよかろうということになり、1代目2代目の金銭で委託した単に名義貸し日本人会長ではなく、真に我々の純潔種の3代目会長として、周りの親たちが推した。だが、純潔台湾人の赤子がだいぶ年上の日本人の戸籍をあてがわれたその当人は、まだ10代の若者であった。それに、逃げた戸籍の片割れの妻の動向が見えていなかった。顔写真などを載せて、
「出身地などは○作のものだけれど、この人は私の知る夫ではありません」
「私らの知っている○作ではない!」
と、言ってきたらどうしたものかという葛藤もあったに違いない。
重ねて言うなら、新興宗教組織の会長として大ぴらに世間に登場させるには、自信と貫禄も必要だった。そこで、ワン・ユリがアメリカ人旅行者との間に作った混血の異父兄弟の弟(後に俳優)と、その父(この米国男性はユリに襲われ、パスポートを奪われ、仲間四人によってすぐに殺害されている)の両親(祖父母)を尋ねる旅に出るよう勧めた。ユリとしては、うまくいけば養育費がもらえるかもしれないと踏んでのことだった。そのために渡米する旅費を、大会社の社長にねだり、社長がそれを断ると、今度は恐喝してきた。
金魚の一団100人全員を(馬毛島で52人、種子島で26人、屋久島の安房で22人)殺して埋めたことを白状して。
「あなたが家族を呼び寄せていいといったから、祖国の人を呼んだのだ。大きく言えば家族だ。帰りの費用はもらっていなかったので、日本の礎として宗教儀式でいけにえにしてやった」
*
念仏と布太鼓で日本語除けしていた行為が、日本の純粋な人の心には、熱心ないっぱしの宗教家と映ったことから、思わぬ駒が出ることとなった。不良息子のような親密さをねだってくる。切り捨てることができるならそうしたかったが、渡米豪遊資金を新興宗教組織の3代目会長に渡すはめになったことが、さらに抜き差しならないディープな淵へと引きずり込まれていくことになろうとは思っていなかったのだ。
大会社内では、これを深く悔やんだ。それは、世代交代した三代目の社長自らも同じ気持ちでいる。
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《*1》林芙美子著『屋久島紀行』
参考:青空文庫
(青空文庫さんはリンク自由とありましたので、URLを添付します。感謝します) https://www.aozora.gr.jp/cards/000291/files/4989_24353.html
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