第4話 嵐・風雲急を告げる

第4話

  

    嵐・風雲急を告げる   著作者:乙音メイ


 盗んだ流刑用に使用された唐船で、台湾北朝鮮中国から密入国した流刑罪人の山海賊の連中は、絶望していた。屋久島に来てまだ三日目だというのに、未明からの嵐で、宮之浦の北側の崖下に泊めておいた唐船は、舳やマストなどの一部がバラバラになってしまったのだ。

 1946年6月、山賊たちが送られるはずの流刑地、沙門島に向かう途中、同乗していた流民刑の犯人たちを仲間に引き入れてジャックした船だった。潮の流れるまま到着してしまうという楽な航路で、航海中の船員たちの油断も災いした。ここまでは山賊たちにとっては、うまくいっていた。558.1海里を一日5~6ノットで南下してきたのだった。


 だがこうなってしまっては、自分たちの船は諦めるよりほかなかった。破損した朱色の船の残骸も島民に見られてしまい、救助船でも出されるよりは、すでに陸に上がったところを出ていくほかない。


 お頭を含む安房に残っていた山海賊たちは、仲間から、停泊していた船が嵐で損壊した、と知らせを受けた。

 数時間前、安房川を小舟で溯っていく途中、台湾山賊の娘と息子の幼馴染5人組が

「船宿を襲う」

と言って別れ、大人たちは左手上の集落に向かった。着いたら、今度は、夜中だったにもかかわらず、酒宴で夜更けに起きていた人がいたため、材木商の番頭夫婦以外全員を殺ることになってしまった。

 安房にいた山海賊たちは、船が使い物にならなくなったという知らせを聞いていっぺんに疲れ、困惑した。材木は手に入ったが、大陸へ運ぶ船がない。というより、何より、自分たちが帰れなくなってしまった。

 


   *


 二手に分かれて、宮之浦に潜伏した山族連中は、下男下女夫婦の妻にうまくごまかしてもらい、難破した唐船の生き残りとして島に滞在することになった。

 これで一応、大っぴらに外には出られる。だが、安心できる状況ではなかった。山海賊の女房たち十八人、この女たちは隠しておかなければならない。女の船乗りはどう考えても怪しまれる。日本語を覚えて、日本人になりすませるようになるまでは、表に出せない。それまでは人に見られたら、まず、ぶつぶつと経を唱えさせよう。それに旅館の下男下女夫婦が、泊り客や主人が殺されたことを、いつ外部の者に漏らかすかもしれない。これは飴と鞭で、飼いならすほかなかった。血染めの旅館は人を近づけることもできない。ここは難破したというふれこみの唐船の話を受け、遭難者の対応に、役人もやって来るかもしれない。山賊たちは、話し合って、女たち十五人は安房に行ってもらうことになった。


   *


 宮之浦では、旅館を建て替えるために、金魚の一団の大工左官の家族ものに頼むことにした。急ピッチで旅館を何とか使えるようにした。下男下女夫婦を、宿の「主人」としてあてがった。それを流行病で死んだ主人の遺言ということにした。殺された主人家族も同じ流行病で亡くなったことになった。女中は雇わず、口封じされた夫婦と、山海賊連中だけがいる旅館だった。山海賊連中は旅館の下働きに雇われた中国人の遭難者という触れ込みになっていた。


 もし泊り客が来たときには、女主人が応対し、夫はその間、監禁されていて、妻は下手なことはできなかった。用事で外の人間に会うときも、夫婦のどちらかは監禁され、人質となっていた。

  下男下女夫婦の、後に生まれた娘が、田○の息子の戸籍を奪った中国人密入国山海賊と結婚し、宿を引き継いだ。下男は後に種子島に隠居した。まだ健在である。百歳に近い。妻は鹿児島に行ってしまった。


   *


 山海賊たちと対面した大会社の社長は、てっきり先日の未明の嵐で難破した屋○島宮之浦の唐船の遭難者たちだと思っていた。田○館がこれらの唐船の遭難者たちを、親切心から宿泊させたり雇い入れたりしたのなら、わが社でもそうしてやらないでもない、と思っていた。大陸で鉄道事業に枕木の納入という形で参入でき、大きく稼がせてもらっていた。中国人の気のいい仕事仲間の顔も脳裏に浮かんだ。財産がうなぎ登りにあって、無敵の安寧秩序の中にいたこともまた確かだった。

 さらに言うなら社長は、連中の体つきが気に入ったのだった。長年の航海で鍛えられたのだろうと社長は思った。連中は、痩せてはいても山賊家業で慣らしたしっかりした筋肉が付いていた。

「これなら、重い杉材もきちんと運べるし、船の操舵手もやらせられるに違いない。言葉はおいおい何とかなるだろう」

と、社長はそう考えたのだった。


   *

 

 一番初めに唐船が停泊していた、宮之浦の北側の崖上には、今は、中国の繁栄を司る神を祀る神社が建っている。当時、山賊の手下はこの崖上の洞窟で、見張りをしていた。




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