第3話 帰れない!

第3話


   「帰れない!」   著作者:乙音メイ

 

 七十二年前に、中国で黄海に浮かぶ沙門島への流刑に会い、途中、船を侵略して徳之島、馬毛島、屋久島、大阪などへ密入国してやって来た流刑山海賊たちが、異国の日本で、ここまで手広く悪を働くことは、意図していたのだろうか。個人的な感情として、来た当時の山賊たちの罪が、軽くなることも私の中のどこか一部にはあったりもしたが、深く知るにつれて、そうも思えない様子になってきている。血塗られた者の子孫といった感があるためだ。後で知ったのだが、古い文献にある「ルツ族」の末裔らしい。

 もうちょっとかわいげのある方々なら、みんなのためによかった。 


   *

 

(屋久島に着いて三日目のことだった。

 手下「チャンツウチンホエホェ、ヒィゲタァフン」

 社長「……? ほげほげ? しょう…」

 手下「テンメンジャンィツー!」

 社長「……?」

 手下「フㇻワァヤンニンツゥー?」

 社長「花? ……」

 手下「ハ? ハンナ?」

 社長「藩の名? 社名のことか」


 手下「お頭、だめですぜ。全然通じません」

 お頭「仕方ねえな~、もうちっと勉強しとけ! 俺が話してみる」


 お頭「ディブッチ、ニィハオ、クイーマン……(あのう、もしもし、いいですか?)」

 社長「こんにちは、デブちん、万頭まんとう食いませんか? やあ、ありがとう。ニイハオ! 謝謝。まあ確かに、美味い中華料理を食べ過ぎていたから、太ったのは潔く認める」

 お頭「……? ディブッチ、ニィハオ。……ふ、船、で、渡りたい。ニー、ネンマイチャン、ブゥシマァ。バーウェイン、ネークィンチュンホ~。(船を出して、俺たちを中国に帰してもらえませんかね?)」

 社長「こんにちは、デブちん、渡りに船? まいちゃん、武士誠。面食いの? (ポンッ!)要は、美しい舞ちゃんが誠の武士のような私に会いたがっている? よし、了解した! 謝謝」


 お頭「おい、見ろ、金もらったぞ」

 手下「さすがお頭! これで新しい船でも買いやすか?」


 お頭はこの日の明け方に、こんなことを考えていた。

 お頭「おとといの晩、宮之浦川伝いに上って行ったところが、宿屋でなく材木問屋だったならこうはならなかった。

 そして、宿の男が夜中に外の厠を使わなければ、そのとき俺の鼻に草の穂が当たらなければ、そうすれば、

(へっぷしょん!)

なんて、くしゃみも出なかったものを……。ちっ、おかげで、とんずらするために急いで、あの夫婦に聞いた安房川の杉材をいただきに行かなければならなくなった。こんなに大勢いっぺんに人間をったのは何ヵ月振りだろう。子供をころすのは、流石に後味がりぃ。 ま、今こんなことを嘆いていても仕方がない。かわいい手下どものためにも次の手をひねり出さなくては。

 宮之浦の下男下女夫婦は、血を見ているし、強面で脅してあるから心配はないと思う。問題は、俺たちの船だ。朱色だし目立っていけねえ。かといってこのまま、あの島の北の崖下にいつまでも置いておけねえ。風で、船が崖に当たらないとも限らない。安房の港は崖がないから丸見えだろうし、あの杉材を積んで、早いとこずらかりたい。どうしたもんか」)


    *


 閑話休題。

 山賊たちは、どこでどう間違ったのかと、連中もとまどっていた。実は、この様な大げさな人殺しをする予定は一切、計画にはなかった。綿密に計画を考えていたことは、ただ質のいい材木をたくさん頂戴した後のことだった。山賊たちには、高く売るためにはどこの、誰に売るのか、お金のためにはそのことが大事だった。

  

 しかし、連中は屋久島に着いて三日目に、需要の高かった中国の鉄道建設で、質の良い屋久島の杉材の枕木を輸出し、工事の監督を一手にしていた大会社の創業者に会ったのだった。それは、運命のいたずらとしか思えない。




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