第9話 ■達也■ マグマを冷やせ!
エキサイティングな『4分19秒』がようやく終わった。
オネエサマは、引き寄せていた俺の肩から両手をおろし、そのまま腰に廻す。
「ふぅ」
「はぁ」
同時に溜息が漏れる。
「やるじゃん、たっちゃん」
「そうっすか?」
「アレ飲んでも、こう元気なのは若い証拠ね」
「ぶっ」
ひたすら濃い『4分19秒』をフロアに残して、オネエサマは「お姉様」に、俺は「目指せ野瀬さん」に戻るためにカウンターに向かう。スツールのサポートと「さんきゅ」が再び繰り返されると、お姉様はチェイサーを一気に飲み干す。白い喉がコクリと動く。
「はぁ喉乾いたぁ。美味しい~」
「チェイサー、お作りしましょうか?」
「うん、コレもおかわりね」と、カクテルグラスを滑らせてくる。
「え? 大丈夫ですか?」俺は正直言って、ちょと、いやかな〜りビビる。
「ひとつでいいわよ、たっちゃん仕事中だしね」
(安堵~)
「たっちゃんてさ、ホントはこういう店にいたらイケナイ歳なんじゃないの?」
(うは、バレバレ……)
「ナカナカいい線いってるけど、肩にチカラ入り過ぎだよね〜」
(チカラ入り過ぎなのは、アナタのせいなんですけども……)
お姉様の蠱惑的な微笑みに曖昧な笑顔で応え、ふたたびマグマの製作にとりかかる。
ちょうどそこに御新規さんが来店した。2人連れのリーマンだ。金森さんが俺のカウンターの端に案内してくる。
「いらっしゃいませ」
「とりあえずビールね」
「ハイ」
俺はお姉様に2杯目のマグマをサーヴすると、おしぼりとチャームをリーマンズに出す。ビールの栓を抜きながらも、お姉様がグラスを持ったまま、溜息をつくのを眼の端でとらえる。
リーマンズはグラスを合わせると、早速職場の愚痴を始めた。どうしてこうリーマンってのは、判で押したように愚痴が好きなんだろうな。嫌なら辞めちまえばいいじゃん。じゃなけりゃ自分のチカラで楽しい会社に変えればいいじゃん。いつもそう思う。でも、そうできないのが大人の世の中のしがらみってやつなのかもな。ちょと同情するな。
リーマンズのオーダーを金森さんに渡すと俺はカウンターの中で心持ちお姉様よりに立ち、グラスを磨き始めた。別にグラスが汚れているワケじゃないんだけれど、手が空いた時にはグラスを磨く。それが『絵』になるからだ。所在なげにボーっと突っ立ってるバーテンほど阿呆っぽく見えるものはないからね。
リーマンズの愚痴を聞き流しながら、俺の意識はお姉様に注がれている。それに加えて、マグマと『4分19秒』で少し注意力が散漫だったのか、肩を叩かれるまで細谷さんがカウンターに入って来た事に気づかなかった。
「あ! 細谷さん、おはようございます」
細谷さんは僅かなアゴの動きで「お姉様の方を受け持て」とサインを送ってきた。俺も軽い頷きで「了解」と返す。細谷さんがリーマンズに如才なく話しかける。風邪で休むって言ってたけど大丈夫だったんだ。だいぶ気が楽になったな。自分でも知らず知らずのウチに緊張してたみたいだ。ほ〜っと息が漏れた。
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