第6話 ■翔子■ 酔いたい……
サンタナのギターは私を締め付け、曲が終わっても私はその場から動けずにいた。
「あのぉ……」お兄ちゃんが身体を剥がそうとしたけれど、離れがたくて、もう少しこのままで居たくて、一際強く抱きしめてふとお兄ちゃんの名前を訊く。それからあの人を吹っ切るような思いで身体を離した。
もっと飲みたい。もっと酔いたい。そして忘れたい。すぐに立ち直ることができないのは判っている。このお店はたくさんの人々の想いや辛さが染み込んでいるんだろう。私の涙をちょっとだけ置いていってもいいよね?
以前、あの人と観た映画の中で印象に残っているお酒があった。映画のストーリーなどはもう忘れてしまったけれど、ひたすら強いだけのカクテル。飲んでみたくなった。そしてその映画の記憶とともに忘れてしまいたかった。なんだか開き直りのスイッチが入ったように感じた私は、この若いお兄ちゃん「たっちゃん」と盃を交わしたくなってしまった。たっちゃんはそのカクテルを知っていて、私の企みも知らず2つ作ってくれた。なんだか滅多に出会えないような怪しい色のカクテルを作りながら、たっちゃんは「何か食べるか?」と訊いてきた。そこで私は今日ほとんど食べていなかったことを思い出した。お昼のカルボナーラは、大好きなのにほとんど口をつけなかったし。
大地震という名前のカクテルが私の眼の前に2つ並ぶ。そのうちの1つをたっちゃんの前に滑らせニヤリと。
「あうふ……」たっちゃんはおかしな悲鳴のような声をあげたけれど、私と視線が交差すると意を決したようにグイッと呷った。
確かにこれはきっつい。思った以上に強い。でもその分今の私を支えてくれそうな気もする。
「あたしね、このカクテルって、もの凄~く辛い思いを味わった人が創ったんだと思う」
空きっ腹のうえに立て続けに強いお酒を飲んだせいか、さすが体育会系の私も床から5cmほど身体が浮いているのがわかる。そこにイカ焼きがやってきた。海の近くで育った私はイカが大好物。思わず貪るように頬張ってしまう。瑞々しい美味しさに思わず頬が緩むのを感じながら、そういえばしばらく笑ってなかったな、なんて。
久しぶりに飛びっ切りのイカ焼きと再会できたので、私は一人で盛り上がってしまう。やっぱり人は空腹じゃダメなんだね。たっちゃんのお陰でちょっと元気を取り戻せた気がする。
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