第23話 確認

「本橋君、道は分かるね?」

「途中までは、バス通りですから。その先は先ほど行きましたが、野沢様のほうがお詳しいかと」

「それもそうか。じゃぁ頼むよ」

 街の明かりが遠くなり、辺りがだんだん暗闇になる。時間はそれこそ丑三つ時、いちばん寝静まるころだ。

 ただ今日は意外にも、行き違う車が時々あった。

「被害が出てるな……」

 議員がひとりごちる。

「分かるんですか?」

 驚いて訊くと、議員が深刻そうな声で答えた。

「こんな時間に、山のほうから車が来る。だとすると何か起こって、逃げた可能性が高い。町のほうがだいたい安全だし、水も食べ物もあるから、逃げられる人は逃げるんです」

「なるほど……」

 確かに自分も、あの泥だらけの家から、町まで戻ってきた。そのほうが安全だと思ったからだ。だとすれば同じように、足があるなら山から離れて、町の方へ逃げるだろう。

「どこかの役場と通じたかい?」

「それが、まだ電話が繋がらなくて。ただ雨のひどい時に幾つか避難所が出来てましたから、そこに集まってる可能性はあります」

「じゃぁまず、そこへ向かってくれ。そこで荷物を降ろして様子を訊いて、それから野沢さんのお宅へ行ってみよう」

「かしこまりました」

 まっすぐ家へ向かってくれるのかと思ったが、違うようだ。こんなことなら、大人しく寝ていればよかっただろうか。

「野沢さん」

「あ、はい」

 呼びかけられて居住まいを正す。

「ご心配でしょうが、すみません、そういうことで」

「構いません」

 乗せてもらっているのだ、ここでああだこうだ言うのも大人げない。

「すみません、ご理解いただいて。ところでご自宅からいちばん近い集会所は、どこになりますか?」

「集会所……」

 問われて記憶をたどる。たしかバス停のほんの少し手前、ちょっと脇へ逸れたところにあったはずだ。

 それを答えると、地図が出てきた。

「この辺ですかな?」

「いえ、バス停がここですから――あ、ここです」

 指で道を辿って指し示すと、議員が持っていたボールペンで丸をつけた。

「本橋君、ここだそうだ。分かるか?」

「はい、先生。ちょっとお待ちください」

 秘書が地図を確認して、ナビに入力する。

 ただ途中まではほぼバス通りなので、間違いようがない。ナビが時々「○メートル先……」とアナウンスするが、それも要らないくらいだ。

「あ、あの川……」

 例の川に差し掛かる。

「ここが、あの溢れた?」

「わかりません。でもほら、ああいうふうにゴミが引っ掛かってるんで、たぶん溢れたんじゃないかと」

「そうか……これは奥のほうは、どうなってるか分からんな」

 議員の声が深刻さを増す。昭一よりよほど、こういう災害には詳しそうだ。

「でも橋にゴミが引っ掛かってただけで、後は特に何もなかったんですよ」

「それだけで済んだら、何よりです。何もないに限る」

 そこからしばらく進んで、今度はバス停まで行かず、ナビ通りに脇道へそれた。

「たしか、この辺……」

「あそこでしょうか?」

 秘書が言いながら車を停めた。

「あ、そうです!」

 この辺りは相変わらず停電のようで、車のヘッドライト以外の明かりが無い。

「とりあえず行って、話を聞いてみないと」

「そうですね」

 そんなことを言っていると、建物から人が出てきた。

「大丈夫ですか、逃げて来たんですか?」

 どうやら逃れて来たと、昭一たちも思われたらしい。

「いえ、みなさんこそ大丈夫ですか? 私、議員やってます、山野辺やすいちと申しまして、どうもこの辺で被害が出たと聞いて――」

「あ、議員先生! いやもう、被害です。奥が山崩れで」

「もうね、わたしゃ家がひっくり返るとこで、何とか這い出して」

 格好からして、もう少し山奥のほうの農家さんだろう。口々に言うのを繋ぎ合わせると、土砂崩れが起きて、みんなでとりあえず集会所まで逃げてきたらしい。

「やっぱり。とりあえず、水と毛布と食べ物を持ってきましたから。何名いらっしゃいますか?」

「えぇと、奥のじいさんと、さんじろさんとこ二人と、坂の上がひとりと――」

「八人だ八人」

 どうやら、ご近所丸ごとのようだ。

「大変でしたでしょう、積んできた荷物を降ろすので、ついでに腹ごしらえでも。あ、これ懐中電灯です」

「いやぁ、ありがたい。来たもののなんもないし、停電で明かりもないしで」

 言いながら男が、秘書が降ろした荷物を受け取った。他の避難者も出てきて、口々にお礼を言いながら受け取っていく。

「いやぁホント助かります」

「いえいえ、自分の地元でこうなったときに、何もしないほうがおかしいでしょう」

 なるほどこうやって票を稼ぐのかと思いながら、昭一も降ろすのを手伝う。

「山崩れは、どんな様子ですか?」

「いやもう、何軒も泥かぶって。ただこの辺はほら、昔っから家はすこーしだけ高くして作るんで、何とか」

「ほんと、ご先祖様の言うとおりだよ。家高くしとかんと死ぬよ、って。しといたから助かったよ」

 それなりの被害は出たが、土地の慣わしにしに従っていたおかげで、死者はなさそうだ。

「何よりです。他に被害は聞いてませんか?」

「いやぁ……なんせ暗くて、とりあえずここまでみんなして、車で逃げて来たんで」

「だねぇ、聞かなかったねぇ」

「分かりました、ありがとうございます」

 議員は他の人にも一通り話を聞き、昭一のほうへ向きなおった。

「では、野沢さんのお宅に向かいましょうか」

「すみません」

 どうやらやっと、家を見に行けるようだ。議員が連れてきた面々にも声をかける。

「本橋君、頼むよ。柳瀬くん、吉田くん、他の若いのと一緒にここを頼む」

「分かりました」

 それぞれが答えて、昭一たちは二手に別れた。

 もとの通りに戻り、バス停を過ぎて、カーブした道を進む。一度ならず来ているせいだろう、変わらず街灯もない暗さだが、秘書の運転には迷いが無い。

「この先ですか?」

「はい」

 そうしているうち、暗いなかにうっすらと、家が見えてきた。

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