第13話 仲介

 翌日、昼休みになるのを待って、昭一は会社を出た。

 食事に行くついでに、例の秘書へ電話をするつもりだった。本当は朝、こちらからかけようと思ったのだが、家を出る前ではいくらなんでも早すぎる。かといって家を出てしまうと、かける機会が昼まで無い。

 遅かっただろうかと思いながら携帯を取り出し、秘書の番号にかける。

「はい、山野辺事務所の本宮でございます」

 すぐに例の秘書が出た。

「あ、すみません、昨日お電話いただいた――」

「野沢様、わざわざお掛けいただいて申し訳ありません。今お昼になったので、おかけしようかと思っていたところでして」

「いえ、こちらこそわざわざ、ご連絡いただいてすみません。妻が、ご迷惑をおかけしているようで……」

 まったく、おかげでこちらはとんだ迷惑だ。なぜ自分が、こんなことで頭を下げなくてはならないのか。

 秘書の方は、予想通りの話を切り出してきた。

「実は先生が、今回のことを、大変気にしておられまして……誠太郎さまの事故がきっかけで、こんなことになってしまって申し訳ない、と」

「いや別に、そういうわけじゃ」

 口ではそう言いながら昭一は、内心、確かにそうかもしれないと思った。あの事故がなかったら、毎日は何事もなく過ぎて、こんな騒ぎは起きていなかっただろう。少なくとも出ていく先のマンションが無いのだから、家出のしようもなかっただろうし、そんな気も起きなかったに違いない。

 そう思うと、なんだか腹が立ってくる。

「それでなのですが――」

 こちらの心中を察しているのかは分からないが、秘書が続ける。

「先生がおっしゃるには、席を設けるので、一度ゆっくり話し合ってみてはいかがかと」

「そうですね」

 そのくらいのことは、してもらってもバチは当たらないだろうと思った。何しろこちらは被害者なのだ。

 それに昭一自身、妻の居るマンションへ行く気は、まったく無い。こちらが悪いわけでもないのに、なぜ自分がわざわざ、出向かなければならないのか。

 それに行ったところで、どうせ門前払いだろう。そうでなければ、こちらが会社に行っている間に出て行って、そのまま音沙汰もないなどしないはずだ。

 かといって沙耶のこともあるし、このままずっと今の状態を続けるというわけにもいかない。ならば席を設けてくれるというなら、乗って損はない。

 それに妻だって、議員先生から言われたなら、来ないとは言えないはずだ。

「そうしたら申し訳ありませんが、先生のご厚意に甘えさせていただいて、よろしいでしょうか? 今回の妻の我儘には、私もほとほと困っておりまして」

「承知いたしました。場所やご予定の希望はございますか?」

 場所の希望は特にないが、日時は金曜の夜か土日がいいと、昭一は伝えた。

「かしこまりました。奥様のほうにも伺って、なるべく早くお返事を致しますので」

「すみません、よろしくお願いします」

 見えない相手に頭を下げながら、電話を切る。

 すっきりした気分だった。やっとこれで懸案が片付いて、日常に戻れる。

 思えば事故があってからずいぶん長い間、振り回されたものだ。あの議員先生のどら息子にしてみれば、ちょっとした反抗期程度なのだろうが、こちらとしてはたまったものではない。たまたま親が金持ちで、謝罪する気があったからまだ被害が少ないが、そうでなかったら今頃どうなっていたのか……。

 そしてふと、思いだす。

(――星のカードって、何だったんだ?)

 レイラはそれを、幸運のカードだと言っていた。だがこれのどの辺りが、幸運なのだろう?

 事故自体が幸運とは、さすがに思えない。だとすると事故が起こること自体は決まっていて、それで死なずに済んだとか、お金が転がり込んだとか、そういう部分なのだろうか?

 しばらく考えてみたが分からなかった。

 それに幸運というのなら、妻と娘とが出て行って帰らない状況は、幸運と言えるのだろうか? それともまさか、これも実は決まっていたことで、議員先生が上手く取り計らってくれたのが幸運なのだろうか……。

 それから何となく時計を見て、昭一は慌てた。もう昼休みが、半分とは言わないが半分近く終わっていた。これでは外で食べていたのでは、時間が間に合わない。

(しょうがない、弁当でも買って帰るか)

 社に戻って何か言われても、目当ての店が混んでいたと言えば、それで済む話だ。

 それならそれで、少し美味しい弁当にでもしようと、お気に入りの弁当屋へと昭一は歩き出した。

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