魔女の迷宮 B6

彼女は夢を見る。

誰も踏み入ったことのない迷宮、周到なトラップ、見たこともないモンスター達。

それらを退けた先に待っている秘宝、そしてその守護者。

死闘の末、ついに彼女の剣が敵の急所を捉え――


時刻は朝。

私達は今、魔女の迷宮地下6階の安全エリアに居る。

昨日の3階での騒ぎのあと、私とマキはなんとか夜までにここに到達して、安全に休むことに成功したのだった。


鎧を脱いで毛布にくるまり眠るマキは、童顔でありながら整った顔立ちに美しい金色の髪、白い肌。どこかの国のお姫様ですと言われても信じられるだろう。

私はそんな、スゥスゥと寝息を立てる無防備なマキの寝顔に吸い寄せられるように近付き――


「勉強の時間だーー!!」

「わーーーっ!!?」


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訳もわからず大声で叩き起こされたマキは、私がメガネをかけ、髪も少し変えた教育スタイルになっているのを見て何かを悟り、自発的に正座している。

いったい何を悟ったんだろうか、ちょっとした目覚ましジョークだったんだけど。


「昨日からちょいちょい会話に出てきているので、今朝はクラスについて解説します。クラスというのはダンジョニストとしての実力を表したもので、このメダリオンに表示されてるね。」

私は自分の杖を目の前に出す。持ち手近くに取り付けられたメダリオンは、金色に光っている。ゴールドクラスの証だ。

「このメダリオンというのはダンジョニスト協会が発行している魔法のアイテムの一つで、持ち主の実績や実力を自動的に測定してクラスを表示するってやつ。

 ダンジョンに初めて入るような人が鉱石オレクラス、そこから青銅ブロンズコパアイアンシルバーゴールド白金プラチナと上がっていき、その先に宝石のクラスがある。ゴールドになるとメダリオンの特殊機能が解放されていくから、シルバーからゴールドに上がるハードルはちょっと高いみたいね。」

マキはまだ正座スタイルのままコクコク頷いている。 ちょうど シルバークラスで足踏みしている最中だからかな。


「その分、ゴールドクラスになるのは一流の証、みんなから一目置かれるようになるねえ……というわけで、はいマキ。」


後ろ手に隠していた剣をマキに渡す。その柄に付けられたメダリオンは銀色に輝いていたが、マキが手にした途端、軽快な音楽が流れて色と形が変化し始める。

『ティンティロリロン♪ティンティロリロン♪ クラスが上昇しました。ゴールドクラスです。』

そしてマキのメダリオンは今、ピッカピカの黄金色に変化していた。


「おめでとう、マキも今日からゴールドクラスの仲間入りだね。」


「えっ!?あっ、わーっ!凄いです!ソティアさん!金クラスですよ金クラス!」

ダンジョニストにとってクラス昇格は一大事、マキがメダリオンを抱きしめてクルクル回るのもまあ分かる。

「えへへー、これでまたソティアさんとお揃いになりましたね!」

無邪気に笑うマキ。知らぬが花とは言うけれど、マキの昇格スピードは他のダンジョニストに比べて尋常じゃなく早い。

私が半年くらいかけた道のりをほんの1週間で追いついて来るのだから、少しくらい意地悪をしたくなってもいいじゃない。


金や銀クラスともなれば、昇格には上級ダンジョンを何個も制覇していく位の実績が必要になってくるんだけど、マキにはまだまだそんな実績はない。

それでは何がマキのクラスを押し上げているかというと――


「実は今日の夢でですねー、凄い大っきな巨人が宝を守っててですね!」


――そう、夢である。それがマキのスキル『実感夢想ユメウツツ』。夢に見た体験が実際の自身の経験と同様に蓄積されるというものらしい。

そしてメダリオンはその経験と実績を有効と判断している。

つまりダンジョンをクリアする夢を見ると、それだけでダンジョニストのクラスが上がっていくという寸法だ。

夢なんて見ようとして見られるわけでも、見たいものを選べるわけでもないけれど、なんだかマキは冒険の夢をよく見るようで、もう10年分は夢の中で冒険している計算になる。そうなると、この歳で熟練冒険者顔負けの経験があるということだ。


しかし実際の知識はまだ駆け出しのまま、これは夢が夢であるがため。夢というのは総じて記憶に残り辛いものだ。技能は体に宿ってるのにそれを習得した記憶がない。多くのダンジョンを制覇しているはずなのに、その知識そのものは残っていない。

かくして技量は高いがモンスターの知識に乏しい、ダンジョンに詳しくないのに歴戦の冒険者、という歪な存在になっているのがマキだ。私も初めてマキの経験と能力を『読み解き』したときにはびっくりした。

それから私がマキをダンジョニングに誘い、本当の冒険を教えてあげようというお節介から誕生したのがこのパーティ。

でも、大量の無意識下の経験が実際の経験に裏打ちされたことで、マキは凄まじい勢いで成長している。

もう私が教えられることもあまり多くないんじゃないかと思う。

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