魔女の迷宮 B3
群がる巨大ねずみを蹴っ飛ばし、よくわからない軟体生物を魔法で焼いて、私たちはダンジョンを進んでいく。
「さて、もうすぐ最初の目標の安全エリアだね。だいたい順調かな?」
「そうですね、順調と言えば順調ではあるんですが……」
しかしマキは何故か小難しい顔をしている。
「どうしたの?何か気になる?」
「いえ、何かこう……モンスターが興奮している気がして。ソティアさんは何か感じませんか?」
「興奮?そうだねぇ、んー……」
基本的にモンスターというのは襲い掛かってくる時には興奮しているものなので私はあまり気にしていなかったけれど、モンスターに触れる距離で戦っているマキが何かを感じているなら何かあるのかもね。
「まあ、もうすぐ安全エリアだし、そこに他の人が居たら何か変わったことがないか聞いてみようか。」
「そうですね、誰か居るといいんですけど。」
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安全エリアに人は居た。いっぱい居た。
「えー……なんですかこれ……?」
見渡す限り、100人以上の人間がテントを張ったり荷物を運んだり、忙しそうに動き回っている。
ここはいくつかの通路に繋がっていて、大きめのホールになってる場所だ。ちょっとした広場くらいの面積があるにも関わらず、その全域が謎の集団に占拠されていた。
「これは……私も初めて見るけど多分『極点法』のパーティだね。」
なるほど、これだけの人数が移動していたらモンスターも興奮するはずだ。それにダンジョンの特性から見てもよろしくない。
「パーティって……これ全員パーティメンバーってことですか!?」
仰天するマキ、それじゃあ今回はここでひと講釈することにしよう。私はメガネをかけると、周りの喧騒に負けないよう少し大きめの声で話し始める。
「昔からダンジョンの攻略方法は色んなやり方が開発されてきたけど、この極点法ってのは最近編み出された手法で、まあ一言で言うと物量作戦だよ。大規模な人員と物資を投入して、いくつもベースキャンプを作り突入チームをサポートするの。」
「へぇー、すごいお金かかりそうですね!」
「そうだね。普通の数人のパーティに比べると、人数は10倍、お金は100倍くらいかかるんじゃないかな。お金をかけるっていうのは、良い装備を買ったり報酬付きでメンバーを集めたりするのと同じことなんだけど、ここまで規模が違いすぎるとあんまり比較にならないよね。」
ダンジョニストの心得というわけではないけど、ダンジョンの面白さっていうのは、持ち込める量に限りがある中で何を選び何を切り捨てるか、何かあった時に手持ちの材料でどう切り抜けるかっていう所にある。お金持ちの人たちはこうやって何でもかんでも持ち込もうとするから、なんかね、ロマンがない。
「ところで、これじゃ私たちは休めないですかね?」
普段なら複数のパーティが居合わせてもお互い十分な距離を確保できるくらいの場所だけど、今は朝の市場かってくらい人が行き交っていて入り込む余地がない。
「そうだねえ、ちょっと場所を空けてくれるようにお願いしてこようか。一言言いたいこともあるし。」
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「あらあら残念でしたわね〜。今ここはワタクシのパーティだけで満員ですの。休憩なら他を当たってくださらないかしら?」
パーティのリーダーらしき女性を見つけ出してお願いしてみるも、結果はご覧の通り。
クラリスと名乗った女性は高価そうな
「安全エリアはみんなの場所ですよ、独り占めなんて良くないです!」
抗議するマキを尻目に、クラリスはフンフンフンと値踏みするようにこちらを眺める。
「ふふん?
胸に付けた、ダンジョニストの証たるメダリオンをこれ見よがしに見せ付けてくる。
ここまでのやりとりを聞いていて、なんとなく分かってきた。
極点法なんてのをメインにやっていると、当然他のパーティからの風当たりも強くなる。そこで、クラスの高さを頼りに虚勢を張るという方向に走っちゃったんだね。ただちょっと高飛車なキャラを演じるのが大変そうなので、キャラ付けの方向性は考え直した方がいいと思う。
「クラスなんて関係ないですよ?ダンジョンの中ではどんな人も平等です。」
キョトンとしてマキが言い放つと、クラリスの顔色が一気に変わっていく。
それって以前私がマキに語ったフレーズなんだけど、皮肉でも当て付けでもなく本気でそう言っていることが今のクラリスには耐え難いのだろう。
といった所でそろそろ助け舟を出してみる。
「まあまあ、悪いことは言わないからこのダンジョンで大規模パーティは止めておいたほうが良いよ。」
なぜなら、と言い掛けたところで爆発音、続いて悲鳴が沸き起こる。
「デ、デーモンだ!」「何でこんな所に!?」「安全エリアじゃないのかよ!」
ホールの中央に、巨大な体躯の悪魔が出現していた。
本来は深層にしか生息しないはずのデーモンというモンスターだ。途端にホール内はパニックに陥る。クラリス自身は白金クラスだが、他の大勢は荷物運び程度しかしていないので駆け出しの
デーモンはひと巡り周囲を眺めると、大きな鉤爪を振りかざして手近な人間に振り下ろし――しかしそれはマキの盾に受け止められる。
マキは騒ぎが起こってすぐ、周りの人たちを守るために駆け出していったのだった。一方、私も援護すべく魔法をキャストする。
「
デーモンの周辺の地面から石の柱が突き立ち、デーモンの動きを阻害する。
その隙に大混乱している人たちを逃がして――そう思った時、ピュリリリ!と大きな笛?の音が響き渡った。
「総員防御撤退!Aチーム迎撃!BCチーム撤退援護!」
しばし遅れて状況を把握したクラリスがホイッスルを吹き、
へぇー、なるほど。戦士が剣で戦うように、クラリスの武器はホイッスルであり、
「マキ、ここはあの人たちに任せてサポートに回ろう」
「え?でも大丈夫なんですか!?」
「大丈夫、たぶん私たちが居るほうが計算が狂うから一度下がるよ。」
私たちが前線から抜けて、訓練どおりの動きに近くなってきたんだろう。極点法パーティの戦士たちは見事な連携でデーモンと渡り合っている。
渡り合ってはいるが、どちらかと言えば回避を重視して機を伺っている感じだ。
その機というのはきっと――
「
白金の実力を持つ彼女の必殺の一撃が、デーモンの胸に突き刺さる。あの矢は魔力や魔法生物に対して強力な効果を持つ破魔の矢だ。なお、お値段も凄く高い。
その一撃が決め手になり、総攻撃を受けたデーモンは倒れ塵に還っていった。
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「あの、仲間を助けて頂いてありがとうございました。」
その場を収拾した後、クラリスは先程とは打って変わったような態度で深々と頭を下げる。こっちの方が素なんだろう。
「あのデーモン、さっきソティアさんが言いかけてた事でしょうか?」
そうそう、まだ浅い階層の、それも安全エリアに強力なモンスターが現れた理由。
「まあね、このダンジョンは一箇所に集まった人数に対してダンジョンの持つ魔力が上がる、そういう性質なの。軍隊による制圧を想定してたのかもね。」
私の告げる事実にクラリスは絶句する。
「でも……そんな事は攻略本にも何も書いてなかった!」
「そりゃあ、今までこんな大人数で突入することなんて無かったからね。でもしっかりダンジョンの様子を見ておけば、何かの異変には気づけたかも。」
異変に気づいていたのはマキで、私は『読み解き』スキルによりダンジョンの特性を知っていただけなんだけど、今は秘密にしておこう。
「そういうわけだから、このダンジョンに限っては、今までのクラリスさんと同じ方法は諦めた方がいいと思うよ。」
しばし逡巡し、最終的に諦めるしかないという結論に達したのか、クラリスは肩を大きく落とす。
その後、一箇所に集まりすぎないよう、パーティをいくつかに分ける指示を出すともう一度私たちにお礼を言い、上階に向かっていった。
今回は残念だったが、これで挫折しないで色んなダンジョニングの道を探っていって欲しい。彼女のような開拓者は貴重なのだ。
さあ、私達も先に進もう。
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