魔女の迷宮 B1

時折コウモリが羽ばたく狭い階段を、手に持った松明を頼りに降りていく。

ダンジョンに足を踏み入れると気持ちが高揚してくるのは、ダンジョニストの性だろうか。

危険地域に身を投じたことによる緊張感とはまた別の、ワクワクと表現してもいい感情が湧き上がってくる。


やがて狭い階段は終わり、私たちはやや広い通路に到着した。石造りの地下墓地を彷彿とさせる景色が先へと続いている。


「さてと……ここまでいくつか小さいダンジョンには行ってきたけど、今回から本格的なダンジョンだよ。改めて色々教えることになると思うけど、ちゃんと付いてきてね。」

キョロキョロと辺りを見回している仲間に声をかける。私たちは現在2人パーティなので、まあ相棒というところだ。


「はい、ソティアさん!」

彼女の名前はマキ。体が半分くらい隠れる大きな盾を持ち、全身を金属の鎧で固めた防御型の戦士の装いだ。

対して私は杖を持ち、丈夫で動きやすい服の上にマントを羽織った魔法使いの格好をしている。


マキは新人ダンジョニスト。ひょんなことから彼女にダンジョニングの才能を見出した私が今、ダンジョンの何たるかを教え込んでいるところなのだ。


「さて、それではまずはこのダンジョンの概略から。予習はしてきたかな?」

メガネをかけて教育モードに入る。他人に物事を教えるときはメガネをかけるのが古来からの礼儀だそうだ。

「はい、もちろんです!」

マキはカバンから本を取り出し、表紙を見せてくる。

本のタイトルは『決定版!魔女のダンジョン トラップ・モンスター完全攻略!』。

ダンジョニングにはこういった攻略本が不可欠だ。先人が命を賭けて集めた情報が今、私たちを導いてくれる。可能な限りの調査と準備を講じるのが、ダンジョンに対しての敬意と真摯さの表れである。


「こほん、よろしい。このダンジョンの名前は『魔女の迷宮』。かつて、邪悪な魔女が住んでいたと言われてる場所だね。魔女が作っただけあって、魔法のモンスターやトラップが多いので注意するように。」

などと偉そうに講釈しているが、私もこのダンジョンに入るのはまだ2回目。駆け出しの頃に潜ったきりで、深層まで到達もしていない。初々しさのあるマキの姿があの頃の自分に重なる。


「その、魔女のひと?っていうのは何した人なんですか?」

あんまりダンジョン攻略に関係ないところに食いついてくるマキ。

確かに攻略本にはその辺のバックボーンはあまり書かれておらず、オマケのコラム扱いだ。

詳しく知りたい人はダンジョンの攻略本じゃなくて冒険記とか読むからね。


「えーとね、ここに住んでいた魔女は、無限の魔力を生み出す宝玉を作り出して世界征服しようとしたけど、勇者に倒されたっていう感じのお話だね。」

そのへんはもう100年も吟遊詩人なり小説家なりが話を盛りに盛っているせいで、既に真偽のほどは定かではない。私達ダンジョニストにとっては、目の前にあるダンジョンだけが真実だ。

とはいえ、そういった歴史に思いを馳せるのもまたダンジョンのロマンの一つだからね、どんな形でもダンジョンに興味を持って、好きになってくれれば私も嬉しい。


「さて、マキは初めてかも知れないけど、大き目のダンジョンには大抵、安全エリアっていうのが設置されてるんだよね。結界とかでモンスターが入り込めないようになってる場所のことね。このダンジョンだと3階と6階にあるから、まずはそこを目指そうか。」

「はい、頑張りましょう!」

えいえいおー、と微笑ましい掛け声をかけて、私たちはダンジョニングを開始するのだった。


「ソティアさん、初めて潜るダンジョンってなんだかドキドキしますね!」

「ドキドキするだけ?ワクワクは、しない?」

「……!します!わくわくしてます!」

「うんうん、それでこそダンジョニストだよ!」

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