5
※※※
刑事たちがやってきた。
死体がこの部屋から見付かったためだ。
死後、三日が経っていた。初夏の陽気は生命を停止した肉を腐らせ、刑事たちの顔をしかめさせた。
「うっ……くせえ。夏のあいだだけ、交通課に出向させてくれないかな」
ハンカチで口を押さえた若手刑事、日野が込み上げる溜飲を何とか抑え、ぐずぐずと黒ずんだ身に元通りシートをかぶせた。
「ばか言え、交通課だって変わりゃしねぇよ」
と、齢取ったり四十三山の立川警部補が、海千山千の威厳をふりまきながらあらわれた。
このふたり、八王子西署の凸凹コンビと呼ばれている。割れ鍋に綴じ蓋であった。
「被害者は、古賀晶、25歳。駅前にあるレンタルビデオ店のアルバイトをやってます」
日野が立川に免許証を手渡す。
「無断欠勤が続いていまして、事実上クビになってました。留守電には罵声が詰まってます」
「ほー、髪切ったんだなあ……」
その、見る影がなくなった死体をもう見ようともしないで、立川警部補は免許証を突っ返した。
「鍵が無理に開けられた形跡もない。知人の犯行だな。恋人か友人関係を当たれ」
「恋人はいたようですが、連絡がとれません」
「重要参考人として手配しちまえ。十中八九そいつだろ」
タバコをさがすがポケットに入っていない。さっき車の中で吸ったので最後だったのだ。
「おら、そこのけ」
イライラを制服にぶつけ、日野の報告を右から左へ流していると、ゴミ箱に大量に捨てられている、女の子らしい装飾がまぶしい封筒が目に入った。
あて名はどれもおなじ。けれど立川はイライラしているので、手にとって中身を読んだりはしなかった。
それはいいからタバコだ、タバコタバコタバコ!
ズカズカ部屋を回っていると、なんだか玄関のほうが騒がしくなった。タバコを鑑識の鶴見にたかろうと思っていた立川警部補は、またしちめんどうくさそうな騒ぎを当然歓迎しなかった。
制服にやつ当たりしつつ、玄関に顔を出す。
「おい、なにさわいでんだ」
がなりたてた。
「知人だそうです」
「なにやってんだ、追い返せ」
「それが、立川警部の知り合いだと……あと、それと」
「警部、警部!」
聞き覚えのある声。
それを聞いて立川には心にあたるものがあったが、決して良い感覚ではなかった。むしろその逆だ。
「警部補だ!」
「ああ、どうも、ごぶさたです」
国分寺がまゆを下げて手を上げた。
「なにしにきた。用がないなら帰れ」
「そんなこと言っていいんですか? 私は通報者ですよ」
「そんなこったろうと……ここに来る車中で気味の悪い黒猫に前を横切られて、嫌な予感はしていたんだ」
立川がぼやいた。
「そういや、お前が来るときはいつもだ。いつも何か、よくないきざしがあらわれる」
「人聞きがよくないですね。それは解決へのきざはしですよ」
日野が会話を聞きつけやって来た。
「え、だれすか」
「だから、探偵だよ! 高円寺とかって言う……」
「探偵ではないです……それに国分寺ですよ。ぼくのなまえ」
「うちから近すぎて腹が立つんだよ!」
わけのわからない理由で立腹する立川警部補は、それでも部屋内に国分寺をまねき入れる。
「え、一般人ですよね。入れていいんですか? それとも、探偵特権ってやつですか」
「俺の特権だ! いいからお前は黙ってろ。こいつはな、頭は良くねえが、事件を解決のほうへ向かわせることには長けてるんだ」
「はあ、そうですか……」
日野ははんぶん理解したか、はんぶん何も考えていないのか、ポケットからタバコを取り出して一服しだした。
「ばかやろう日野! 現場は禁煙だ!」
立川がぶん捕るようにタバコをつまみ、靴のかかとで踏みつけた。
国分寺と立川は、こうした現場で幾度となく立ち会っている。
わけのわからないことを言いだすし、はなしの整合がまるでとれていないくせ、事件の真相を暴いてみせる国分寺のことを、立川はいまいましく思いつつも認めてはいた。
「そんで、今回のいきさつは」
「ふるい知人に会いにきたら、いくらベルを鳴らしても出てこない。帰ろうと思ったが、何かへんなにおいがする。前にもかいだことのあるにおいだ。そうだ、これは、死体にちがいない。それ、警察だ。ということです」
「……いつもとおんなじじゃないか」
ある日、金持ちの老女が殺されたときも、そんなことを言っていた。小きたない格好で、社交界でのふるい友人でして、と現場に入り込んでいたときよりかは、いくらか信憑性はあった。
「警部、警部。」
「……警部補だ」
「この部屋は、いやに片付けられてると思いませんか」
「……いや、しっちゃかめっちゃかになってるだろう」
部屋は雑然としていた。
「あーそうですね。では、被害者はじつに料理好きだったんでしょうねえ、包丁がたくさん並んでいるでしょう」
キッチンを向くが、壁に包丁など掛かっていなかった。
「何をわけのわからんことを言ってるんだ」
「うーん、はははっ。ところで、彼女は、どうやって死んでいたんですか?」
「彼女? 何を言っとる、被害者は男だ!」
とうとうこらえきれず、立川警備補は激怒した。
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