※※※


 刑事たちがやってきた。

 死体がこの部屋から見付かったためだ。

 死後、三日が経っていた。初夏の陽気は生命を停止した肉を腐らせ、刑事たちの顔をしかめさせた。

「うっ……くせえ。夏のあいだだけ、交通課に出向させてくれないかな」

 ハンカチで口を押さえた若手刑事、日野が込み上げる溜飲を何とか抑え、ぐずぐずと黒ずんだ身に元通りシートをかぶせた。

「ばか言え、交通課だって変わりゃしねぇよ」

 と、齢取ったり四十三山の立川警部補が、海千山千の威厳をふりまきながらあらわれた。

 このふたり、八王子西署の凸凹コンビと呼ばれている。割れ鍋に綴じ蓋であった。

「被害者は、古賀晶、25歳。駅前にあるレンタルビデオ店のアルバイトをやってます」

 日野が立川に免許証を手渡す。

「無断欠勤が続いていまして、事実上クビになってました。留守電には罵声が詰まってます」 

「ほー、髪切ったんだなあ……」

 その、見る影がなくなった死体をもう見ようともしないで、立川警部補は免許証を突っ返した。

「鍵が無理に開けられた形跡もない。知人の犯行だな。恋人か友人関係を当たれ」

「恋人はいたようですが、連絡がとれません」

「重要参考人として手配しちまえ。十中八九そいつだろ」

 タバコをさがすがポケットに入っていない。さっき車の中で吸ったので最後だったのだ。

「おら、そこのけ」

 イライラを制服にぶつけ、日野の報告を右から左へ流していると、ゴミ箱に大量に捨てられている、女の子らしい装飾がまぶしい封筒が目に入った。

 あて名はどれもおなじ。けれど立川はイライラしているので、手にとって中身を読んだりはしなかった。

 それはいいからタバコだ、タバコタバコタバコ!

 ズカズカ部屋を回っていると、なんだか玄関のほうが騒がしくなった。タバコを鑑識の鶴見にたかろうと思っていた立川警部補は、またしちめんどうくさそうな騒ぎを当然歓迎しなかった。

 制服にやつ当たりしつつ、玄関に顔を出す。

「おい、なにさわいでんだ」

 がなりたてた。

「知人だそうです」

「なにやってんだ、追い返せ」

「それが、立川警部の知り合いだと……あと、それと」

「警部、警部!」

 聞き覚えのある声。

 それを聞いて立川には心にあたるものがあったが、決して良い感覚ではなかった。むしろその逆だ。

「警部補だ!」

「ああ、どうも、ごぶさたです」

 国分寺がまゆを下げて手を上げた。

「なにしにきた。用がないなら帰れ」

「そんなこと言っていいんですか? 私は通報者ですよ」

「そんなこったろうと……ここに来る車中で気味の悪い黒猫に前を横切られて、嫌な予感はしていたんだ」

 立川がぼやいた。

「そういや、お前が来るときはいつもだ。いつも何か、よくないきざしがあらわれる」

「人聞きがよくないですね。それは解決へのきざはしですよ」

 日野が会話を聞きつけやって来た。

「え、だれすか」

「だから、探偵だよ! 高円寺とかって言う……」

「探偵ではないです……それに国分寺ですよ。ぼくのなまえ」

「うちから近すぎて腹が立つんだよ!」

 わけのわからない理由で立腹する立川警部補は、それでも部屋内に国分寺をまねき入れる。

「え、一般人ですよね。入れていいんですか? それとも、探偵特権ってやつですか」

「俺の特権だ! いいからお前は黙ってろ。こいつはな、頭は良くねえが、事件を解決のほうへ向かわせることには長けてるんだ」

「はあ、そうですか……」

 日野ははんぶん理解したか、はんぶん何も考えていないのか、ポケットからタバコを取り出して一服しだした。

「ばかやろう日野! 現場は禁煙だ!」

 立川がぶん捕るようにタバコをつまみ、靴のかかとで踏みつけた。


 国分寺と立川は、こうした現場で幾度となく立ち会っている。

 わけのわからないことを言いだすし、はなしの整合がまるでとれていないくせ、事件の真相を暴いてみせる国分寺のことを、立川はいまいましく思いつつも認めてはいた。

「そんで、今回のいきさつは」

「ふるい知人に会いにきたら、いくらベルを鳴らしても出てこない。帰ろうと思ったが、何かへんなにおいがする。前にもかいだことのあるにおいだ。そうだ、これは、死体にちがいない。それ、警察だ。ということです」

「……いつもとおんなじじゃないか」

 ある日、金持ちの老女が殺されたときも、そんなことを言っていた。小きたない格好で、社交界でのふるい友人でして、と現場に入り込んでいたときよりかは、いくらか信憑性はあった。

「警部、警部。」

「……警部補だ」

「この部屋は、いやに片付けられてると思いませんか」

「……いや、しっちゃかめっちゃかになってるだろう」

 部屋は雑然としていた。

「あーそうですね。では、被害者はじつに料理好きだったんでしょうねえ、包丁がたくさん並んでいるでしょう」

 キッチンを向くが、壁に包丁など掛かっていなかった。

「何をわけのわからんことを言ってるんだ」

「うーん、はははっ。ところで、彼女は、どうやって死んでいたんですか?」

「彼女? 何を言っとる、被害者は男だ!」

 とうとうこらえきれず、立川警備補は激怒した。

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