第3話 あなたへの手紙

拝啓


 寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。だなんて、変な始まりですね。あなたのいる場所は、僕のいるこの街とは違って、年中春のように暖かいのでしょう。雪国生まれのの僕としては、それは羨ましくもありますが、やはり、雪が見られないのは寂しい。僕はこの十数年間ずっと、雪のある場所で生きてきたのですから。


 こうしてあなたに手紙を書いたのは、僕がある決心をしたからです。聡明なあなたならもうお分かりかもしれませんが、そう、僕は死ぬことにしました。理由など、訊かずともお判りでしょう。夢を捨て、家のために立派な人間になるよう努力してきましたが、僕にはもう限界なのです。こんな気分のまま、人の命を預かるような職に就ける訳がありません。


 死ぬ前に、どなたにお手紙を差し上げようかよくよく考えたのですが、やはり、思いつくのはあなたしかいませんでした。両親にすら手紙を出さぬ僕を、あなたは親不孝者だとお笑いになるかもしれませんが、どうかお許しください。自らの命を絶つことを決め、あらゆる葛藤から解放された今、僕の心に残るのはあなただけでした。


 僕の人生は、本当につまらないものでした。周りに勧められるがままに、人から優秀だと言われるような学校にこそ入ったものの、そこに色彩はなかった。僕には、家に縛られず、自分の夢を追いかけていったかつての友人たちが羨ましくてなりませんでした。それこそ、彼らを見る度に暗く重い感情が心の中に満ちるくらいには。


 けれど、あなただけは違った。あなたも彼らと同じように、家に縛られず自由を謳歌する方でしたけれども、あなたの姿を見るときだけは、不思議と温かい気持ちになれたのです。あなたは籠に囚われず、どこまででも飛んで行ける美しい鳥でした。実際、どこまでも飛んで行ってしまったから、あなたは今、僕の知らぬ暖かな国にいらっしゃるのですよね。


 そちらの暮らしはいかがでしょうか。僕の知らぬ草木や花がそれは沢山咲き乱れているのでしょうね。あなたの暮らすその国を、いつかはこの目で見てみたいと思っておりましたが、これから自らの命を絶つ僕にはもう、それは叶いそうにありません。


 こうして手紙を差し上げたのに、僕は未だ本当の気持ちを伝えることに戸惑いを覚えております。どうしようもない臆病者です。けれども、これが最後なのですから、はっきりと申し上げましょう。


 僕は、恐らくあなたに恋をしていました。天真爛漫に笑い、自由を謳歌するあなたは、陽だまりのように優しく暖かでした。いつか見かけたあの赤い振袖姿も、あなたは、顔が地味だから似合わない、などと仰っていましたが、本当によく似合っておいででした。優しく、朗らかなあなたに、温かな色は良く似合う。


 雪が、降って参りました。今年も厳しい季節の幕開けですね。向かいのあなたのお屋敷は、あなたがいないせいもあって、一層寒そうな装いです。僕も、もしかすると、あなたがいないから凍えてしまっていたのかもしれませんね。


 あの日、あなたが旅立つ前に、せめてこの気持ちを伝えられていたら、あなたはこの街に留まってくれたでしょうか。僕ごときの恋情では、そんな大それたことは出来なかったように思いますが、それでも、あなたの心を多少は揺らすことが出来たかもしれないと、今でも悔やんでおります。


 さて、そろそろ時間です。屋敷の者や、街の人々に迷惑をかけぬよう、僕はこれから雪の降り積もった山奥へ向かいます。いろいろと考えたのですが、そこで睡眠薬を含み、父から拝借した酒でも飲み干して、眠ろうと思います。この街は大変冷えますので、一晩眠れば恐らくもう目を覚ますことは無いでしょうから。


 この手紙は、屋敷に置いておきますね。気の利いた使用人が、こっそりとあなたにこの手紙を出してくれるかもしれない。もっとも、恐らく届きはしないのでしょうけれど。


 それでは、今世では左様なら。僕は不届き者なので、輪廻転生だとかそう言ったものは、実はあまり信じていないのですが、もしも次があるというのなら、またあなたにお会いしたい。もっとも、もうお互い人間はもう懲り懲りでしょうから、次は大空を飛び回ることのできる、美しい渡り鳥にでもなりたいですね。

                                    敬具


お名前は、お書きしません。僕の中で、あなたがどなたなのか、分かっていればそれで十分なのです。




追伸 自ら命を絶つ僕は大変罪深い存在だと感じますが、僕よりも先に死んでしまったあなたは、より罪深いとは思いませんか? せめて、そのくらいの文句は許してください。僕が自信をもって言えることがあるとすれば、あなたは、死ぬべきではなかった。ただその一言に尽きます。長くなりましたね。では、左様なら。

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