第17話 理由
『新人作家、相模セナ、「モノクロ」、本屋大賞候補に』
『相模セナ新刊入りました!』
『新人賞総なめ!相模セナに迫る』
『巻頭グラビア 相模セナ』
新聞広告、本屋のポップ。もしくはネット上でのレビュー記事。いたるところで小説家、相模セナの名前は目に入ってくる。鮮烈なデビューから五年。これだけ経っても人気は衰えない。それどころか、天井知らずの勢いだ。本屋ではどこにいっても平積みの扱いがされているし、雑誌のインタビューにもよく登場する。雑誌掲載の作品はすぐに単行本化決定。新刊は出せばランキング入り、増刷は当たり前。作品の多くはベストセラーとなり、メディアミックスでドラマ、映画化、アニメやマンガ化もされた。小説のままでいる作品なんて、数えるほどしかない。なにしろデビュー作で本屋大賞をとってしまい、瞬く間に人気作家の仲間入りを果たしたのだ。今はあらゆる編集部の間でも、最も原稿を取ることが難しい作家だといわれているらしい。
従業員五十人ほどの社食のテレビでは、都市圏で行われた相模セナのサイン会についてのニュースが流れていた。整理券があっても将棋倒し一歩手前までいったとか。次は全国紙に新聞小説を連載するらしい。掲載予定の新聞は、売り上げが伸びたとコメンテーターが熱く語っていた。
社会現象といってもいいのかもしれない。そのうち経済に影響が出るような作家になるのかも。いや、すでになっているか。
相模セナのことを聞いても、なにも感じない程度には時は過ぎた。昼食を食べ終わる。席を立った時には、すでに別のニュースが流れていた。
「源さーん、これ、どういうこと?」
昼休み終わり早々に、さっそく仕事の処理のことで先輩社員から呼び出しを食らってしまった。私を呼び出したのは、仕事ができる優秀な人だ。経理から秘書、人事総務なんでもござれ。有能さは事務処理だけでなく、営業にまわっても二番目にいい成績をあげてしまうほど。社長以下、幹部社員のお気に入りだ。翻ってこちらはミスをしがちな新入社員。悪いほうで覚えられてしまっている。どちらが会社から重用され、職場の人から信頼されているかは明白だ。
もちろん私が犯したミスがないわけではない。動作がとろくてどんくさい。そんな評判だから、仕事のミスは平均より多い。ただ、どうみても責任を押し付けられることが多いのだ。他の人の失敗も、私がやったことにされている節がある。私は足取りを重くして、先輩社員のもとへ向かった。
――相模セナ。本名、佐井たすくは、彼が大学に入学した年に小説家としてデビューした。
相模セナは、国公立大の文学部に在籍し、国語科教員を目指す文武両道の好青年である。『在学中に司書の資格もとりたい。もちろん小説を書きながら』。
……こんな感じのことを、なにかのインタビューで見た気がする。全般的に、とても好意的に書かれていた。
中学の同級生で、かつて同人仲間だった。確かに途中までは同じ道をきたのに、人生って、こうも違ってくる。笑える。
いや、途中までは同じ道、というのは正しくない。ほんの数年間重なっていただけだ。なにもかもが違う。最初から持っているもの、チャンスを得られた機会の多さ。あとは考えるのも面倒なほどいろいろななにか。同じものより異なっているもののほうがもっとずっと多い。
だからこそ諦められる。配られた手札で勝負するしかないのなら。出せる結果も違ってくるでしょう?
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12.15.23:32
――私は高校卒業後、推薦で入学が決まった女子大に進んだ。特待生で入学できたため、バカにならない入学金と授業料は免除された。女子大は、なぜだか共学の四年制大学文系学部よりも学費が高い。警備費用にでもまわされているのだろうか。とにかく、当時は金銭的にかつかつだったのでとても助かった。ただ、出費は四年間続く。奨学金を利用しながら、寮に入って講義を受けた。サークルには入らなかった。そんな暇はない。勉強して、アルバイトをしてお金を稼いで、たまに本を読んだ。空いた時間で作品を書いた。
少しは審査が通るようになっていったけれど、なかなか進まない。
「きれいすぎる」という講評があるかと思えば「なにがいいたいのかわからない」「目新しさが感じられない」「作者の個性というものが見えず、既存の作家のコピーに見える」などなど。まあ辛口の山だ。
結局のところ、大学在学中に結果を出すことはできなかった。作家として身を立てていくには遅すぎる。
結果を出せなかったことといえば、進学と就職もそうだ。
私が女子大に進んだのは、養父母の意向もあった。
門限を六時に設定されたり、人のスカートの丈を気にしていたりと、古風な人たちではあった。
悪く言えば、思考回路が一昔前で止まっている。どうせ結婚するのなら、旦那さんの都合に合わせて転居したり、仕事を辞めなければならないかもしれない。だったら短大を出て働いて、いい企業に潜り込んで旦那さん候補を見繕いなさいと。女子大なら有名企業の推薦があるでしょうと。養父母はさらりと私にすすめてきたほどだ。
いやいやいや、それは昔の話。企業への学校推薦は、文系ではどんどん減っている。確かに特定の大学にターゲットを絞って求人票を出す風習は日本企業に存在する。しかし求人票がきたからといっても、内定が保証されるということではない。大学入試の指定校推薦は推薦を得ることと入ることは一致する。就職活動は必ずしも一致しない。それを高校の進路指導部長に、丁寧に説明してもらった。とどのつまり。現代日本では短大卒(特に保育・看護系などの専門系以外)では就職が厳しくなっていることをなんとか納得してもらい、四年制の大学も候補に加えることができた。生活費やらなにからの面倒を見てもらっているので、「できたら女子大で女の子らしい学部学科。最低でも女子の比率が高い学部」という意向を丸々無視することはできない。
そこで、ちょうど学校に推薦がきていた女子大の文学部に落ち着いたというわけだ。
結局あとになって考えると、私は逃げたのだ。向き合う覚悟がなかった。戦おうとしなかった。頑張れば一般入試で志望校に入れたかもしれない。頑張り続けて結果が出せたかもしれない。いや、けれど、できずに後悔したかもしれない。だったらローリスクローリターンをとったほうが安全だ。そうして気持ちを落ち着かせた。
ただ、大学在学中に作家デビューを果たすという目標は達成できなかった。希望していた国立国会図書館職員やら、司書にもなれなかった。それが私の限界だった。
家庭環境が悪いといえばそれまでだ。与えられた環境はよろしくなかった。
けれど。受験で逃げた私は、向き合うことを避け続けたのかもしれない。
実の両親には振り回された。養父母の家ではアルバイトと家事は避けられず、塾にはいけなかった。大学ではバイト漬けで、コミュニケーションの伸びは横ばいだ。
できない理由はたくさんあった。
ただそれ以前に。怖かったのだ。私なんかにできるのか?常に自問自答している。
期待なんてされていないじゃないか。自分だって、自分に期待していない。
こんな私を誰が信じてくれる?
おまえはできないと言われ続けた言葉は、どこかに浸み込んでいる。
あなたならできる、という、勇気づけられた言葉の効果がなくなるくらい。
minasesawa@minasesawa
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一旦感情が溢れだし、スマホを触れる環境にいるなら親指を止めるのは難しい。
連続して気持ちを吐き出し続けて30分。ようやく電源を落とすことができた。
――佐井くんの「羽瀬川さんならできるよ」という言葉が、消えてしまうくらい。私はできないことにアレルギーを持っている。できない。だからがんばろうって思えない。できないイコールおまえはだめだっていう刷り込みが思いのほか深い。
できない。大丈夫、別の方法を考えようか?できない。それならもう少しだけ、できるようにがんばってみようか?
そんなふうに言われなかった人が、失敗をどれだけ恐れるか。失敗を受け入れられてきた人に想像できるのだろうか。
はたまた、失敗は即アウト、という考えを持ってしまった人間が、確実に成功するものしか手を付けなくて。あいつはチャレンジ精神がないやつと言われたり、失敗をうまく消化することができなくなって、誰が責任をとってくれるのか。
誰もとってくれない。
今日も仕事にいくのが辛い。
朝吐いて、昼に吐き気止めを飲んで、夜になって過食して。
こんな生活はいつまで続く?
私は一人になったはずだ。逃げられたはずだ。
なのにどうしようもなく、一人だ。
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12.16 23:30
どうしたらいいかわからない。どうしたらよかったんだ。
23:34
なんで生きてる
23:45
私はなにになりたかったの?
好きなものが嫌いになっていく。
こわいこわいこわい。
23:50
ごみくず、社会不適合者。時間と共に精神をやんでいく。
時間が解決してくれる?ふざけるな。
時間は毒だ。後戻りできない
12.17 04:59
なんのために書いているんだろう
私はどうして書いているのだろう
しがみついてるだけかもしれない
昔の夢に、折れたまま執着してる
minasesawa@minasesawa
頬がべたついている。ティッシュの山が転がっている。
なにをしたらいいのか、なにをすればいいのか。そもそも私にできるのか。
誰も答えてくれない。なぜなら私は一人だから。
干渉から離れたくて、逃げて離れて一人になった。
関わることが怖くて。昔からの縁なんてとっくの昔に切れた。 新しく浅いつながりも作らなかった。なのに今さら誰かを求めてる。滑稽で、笑えてしまう。
でも私は私に答えを求めるしかない。私の中の強気な私は私を叱咤する。弱気な私はめそめそと泣く。私の中の刹那的な私は、一歩踏み出してみればいいとささやく。
荒れた一人暮らしの部屋で、電気をつけずに真っ暗闇で。道を走る車のエンジン音に、どこへ行くのかと聞いてみたくなる。
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12.18 03.18
私は私に自信がない。
自信が持てないの。
minasesawa@minasesawa
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